第7話 初夜
それから夜が訪れたのさ。
むはー(お姉さんがドキドキしてる音)
自慢じゃないケドここに男の人を泊めたことはない。
わたしのしょぼい男性遍歴なんて思いだしたくもない……ひとり暮らしを始めて7年あまり、わたしは喪に服している。
今日までこのアパートの一室はわたしだけのお城であった。
けれどサイファー・デス・ギャランハルトくんという王子様が現れて、事態は一変したのだ!
とはいえそのまえに夕ご飯。それともお風呂?
イベントはまだまだ続くっっ!
わたしの脳味噌は完全にオーパドライブだ。逆上せあがって爆発してしまいそうだ。
外で夕ごはん食べたいという狂った欲求が高まっていた。
でもそれいろんな意味でまず過ぎよね……だいたいわたしは自身に今日一日じゅう倹約しなければと言い聞かせてきたんじゃ?ファミレスかどっかで御馳走したいのは山々だけどさ……。
それに彼に着替えて貰いたいし。
わたしのジーンズとTシャツはできるだけはやく脱がせて、買ってきた古着にチェンジしていただきたい。それはお風呂に入っていただければ実現するだろう――
「え?今日はもう一度湯を使わせてもらったから、結構だ」
そんなあ!
「シャワー浴びただけでしょ?湯を張ったからゆっくり浸かりなよ」
「ご配慮はありがたいが贅沢のような気がするんだが」
「だいじょぶだいじょぶ」ガス代が跳ね上がるだけですから。
それでも一日二回湯を使うのは躊躇している様子だ。
まあ幸い、プランBは用意していた。寝るときはスウェットに着替えてね!と言い渡すとしよう。できればわたしがお風呂に入っているあいだに、と付け足すのをお忘れなく。
あとはサイファーくんにわたしのパジャマ姿を晒すかどうかだわ!
……ちょっと親密すぎよね、パジャマは。
悩みは尽きまじ。
来たるべき外食計画にあたって、わたしは話を組み立て始めていた。
彼はサイファーくん、遠いいとこなの。そう、わたしガイジンの親戚がいてね……彼ヨーロッパからホームステイしに来たの。歳は16歳よ。日本語ぺらぺらでしょ?
イケる! いや無理じゃね!?
「学校はどこ?」なんて訊かれたらどうする?
無理といえば公的機関に眼を着けられたらどう言い訳するのだ?
たとえば、おまわりさんに声かけられたら?
彼には身分を証明するいかなる書類もないのだ。わたしは偽造パスポートをなかば本気で検討し始めたところで冷静になった。無理に決まってるじゃん。
彼を一日じゅう部屋に閉じ込めておくのも可哀相だった。だが同じアパートの住民に同棲をチクられたらどうしよう?
ここは四世帯の小さな物件で、近所付き合いはほとんど無い……回覧板をまわす程度だ。下の階はしょっちゅう入れ替わっている。隣は夜勤のタクシー運転手のおじさんひとり。不動産管理会社に告げ口される危険はまあ、ないだろうけど、油断はできない。
現実的なことを考えるとますます先行き困難なようだ。
わたしは考えるのをやめてピザを注文した。ぜんぜん倹約してねえ~!
さすがにLサイズのピザは宅配じゃなくて取りにいったわよ!明日以降の食材も買いに行ったけどね!
わたしは中学生の男の子がどれほど食べるか知らない。
とにかく育ち盛りだから大食いだろうとは分かる。
わたし自身が見栄を張ってしまったのがそもそもイケナイのだけれど、サイファーくんに侘びしい思いをさせたくもなかった。せめてお腹いっぱい食べて欲しいし、粗末な食事を与えたくない。
要するにわたしは後先考えられないくらい気前が良くなっていた。
やっぱアホの子だわ。
それで、わたしたちは8時ころ遅い夕食にした。
ピザと、冷凍のハッシュポテト。サラダはひさびさにスーパーのお野菜を買った。冷蔵庫には袋入りのレタスと小松菜しかなかったからだ。
夕食後、結局わたしが先にお風呂を使い、念を入れてゴシゴシした。
数メートル離れた場所に男性が座っているのだ。こんなとこで裸になるなんて……わたしはいつになく胸を高鳴らせていた。たとえそっちの状況に雪崩れ込む可能性がないとしても、こういうのって心地良い緊張感よね。ひさびさに自分が女だって思いだしましたわよ。
ああそうだ、彼に歯ブラシ買ってあげないと……とりあえず旅行先で失敬したアメニティが残ってたっけ?
彼はテレビはあまりお気に召さなかったらしい。
文化的な相違が大きすぎてピンとこないのだろう。わたしたちが外国語放送観ても楽しめないのと同じだ。
わたしがお風呂に入ってる間テレビをじっと観ててくれるだろう、という目論見は当てが外れたようだ。
そんなわけで、わたしがお風呂から上がると、彼が消えていた。
わたしは慌てて着替えて外に飛び出した。
サイファーくんは国道沿いのバス停でベンチに座って、星を見上げていた。
「突然いなくなったから……びっくりしちゃった」
「悪い。夜空見てた」
「そうなんだ」
「あのどこかに俺の世界があるのかな」
「そうなのかな――」わたしは隣りに座った。「……帰りたい?」
彼は首を横に振った。
「どんな顔して帰ればいいのか、わからない」
そのひと言に込められたなんとも言えない感情に、わたしは気の利いた言葉も思いうかばず。
「寒いでしょ、お
「うん」
彼は立ち上がると、わたしに手を差し伸べた。気取った様子もなく、ごく親切そうなさりげない所作で。
わたしはその手をとって……
手をつないだままアパートに帰った。
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