【他者視点】治察、ぼやく(徳川治察②)

「大府卿様、首尾は」

「薩州殿のおかげで万事上手くいった」

「それは重畳にございます」


 評定が終わり、私が控えの間で待機していた薩摩守と合流すると、満足そうな笑顔で迎えられた。


「主殿頭もこれで少しは懲りたと思いたいですな」

「左様。あの男、やり方が少々強引過ぎましたからな」


 上様の前で苦言を呈し、今後は下手な真似はするなと言えば、今回の我らの功、そして自身の失態を踏まえ、田沼も受けざるを得んといったところだろう。


「差し当たっては……上総介様か外記殿あたりですかな」

「そうなりますな」


 さすがは西国の雄、よく理解しておる。


 我らは外記のおかげで、主殿頭が何を目指しているかは理解しているから、その政策自体を否定する気は無い。


 だが、世間的に両者は仲が悪いことになっているから、進んで協力とはいかないので、我らからお目付け役と言うべき存在を送り込むという体にしたのだ。


 定信がいれば田沼も無茶はせんであろうし、外記がいれば、その知恵が様々な政策に生かされるはずだ。そして事情を知らぬ者には、我らが田沼の行動を掣肘するべく送り込んだと見えるから、今後の政策が主殿頭の専横とは映らなくなる。


 とはいえ二人ともまだ若いし、上総介に至ってはまだ家督も継いでおらぬから、幕閣に名を連ねるのはもう少し先の話になる。


 そういう事情だから、しばらくは私経由で話をせねばならんのだよな。気が重い……


「しかし……大府卿様はさすが中納言様の御子。見事なお裁きでございました」

「いやいや、それもこれも父や外記の入れ知恵のおかげにて」

「ご謙遜なさるな。徳川一門のご当主として、見事なお振舞いでござった。某も田安家と誼を通じたこと、間違いでは無かったと感じております」

「こちらこそ、今後も薩州殿には色々とご助力いただきたい」

「……ならば早速で恐縮でござるが、一つご相談が」


 何の話かと思えば、それは薩摩守の子であり、一橋豊千代と婚約を結んでいた篤姫という娘子のことだという。




 戸部尚書の子である豊千代とその下にいる二人の幼い弟は、一橋家取り潰しに伴い、寺で僧籍に入ることがほぼ確定している。無論利用されないよう、死ぬまで厳しい監視下に置かれる身だ。


 故に婚約は解消となるのだが、その事情が事情だけに、一度けちが付いてしまった姫を迎えてくれる相手を探すのは大変であろう。


 そして、それを私に相談してきたということは、次の相手に……ということだろう。


「身びいきながら、何処に出しても恥ずかしくないよう育てたつもりにございます」


 ……間違いなく身びいきだな。鹿児島で育てられたのは三歳の頃までと聞く。礼儀作法とか学問に入る以前の話だろう。


 だが一橋での暮らしぶりを伝え聞くに、出自だけをもって田舎者と蔑まれてはいたが、作法などもしっかりと学び、品の良い姫君のようだ。元々徳川一門に輿入れするつもりで育てられたのだから、嫁に迎えるとして不足は無いが……


「大事ゆえ、考える時間をいただきたい」

「もちろんでございます。是非とも良いお返事をば」


 やれやれ……難事を片付けたと思ったら、また別の難事が降って湧いてきた。当主というのも楽ではないな。



 ◆



「良いのではありませんか」

「そんなにあっさりと……」


 翌日、父上の体調が少し回復したところで、評定の結果と共に婚約の申し入れがあったことを伝えると、因子があっさりと構わないのではないかと答えた。


「田安の跡取りなのですから、嫁取りの話はいずれやって来ると思っておりました。それが少し早いだけのこと」

「良いのか?」

「寿麻呂は甘藷が大好物ですし、案外仲良くやれるかもしれませんよ」


 ……たしかに。外記が屋敷に顔を見せるたびに、今日は何を作ってくれるのかと困らせておったな。


「それに……四つか五つの幼子が、一橋では辛い思いをしていたとも聞きます。他所様の大事な姫君を迎えるのです。温かく迎えてやってはいかがでしょうか」

「しかし浄岸院様の遺言とはいえ、外様の姫。一橋ほど縁があるわけでも……」

「殿、体面をどうしてもと仰せなら、一つ手はございますよ」


 手とは何かと聞けば、因子は母上の方を向いてニコリと微笑む。その仕草で私はもとより、父上や母上も勘付いたようだ。


「近衛家か……」

「弟の養女として後、輿入れさせてはいかがかと」


 それは今年の初めに関白を辞された近衛内前卿の嫡子で、左近衛大将を務める経煕つねひろ卿のこと。因子の弟であり、母上にとっての甥となる人物だ。


「近衛と島津は昔より縁がございますし、私と義母上様からお頼み申せばそう難しいことではないかと」

「治察殿。当然それに対する見返りは要りますが、必要とあればお口添えするは吝かではありませんよ」

「女子は自ら嫁ぎ先は決められません。故に迎える側が篤く遇してやれば、その恩に報いる気にもなるというもの。それに、この先島津との縁が必要なのでございましょう」


 チラリと父上に目をやれば、お前が決めろという顔をしておられる。


 はいはい……私が当主ですからね。


「皆がそのように申すのであれば、薩摩守に了承する遣いを送りましょう。養女の件は周りの反応次第ではありますが、必要とあれば母上と因子に手を尽くしていただく。それでよろしいか」


 私の言葉に二人が無言で頭を下げた。了承という意味であろう。


 やれやれ……こちらも片付いたようだな。


 だが……まだあるんだよな……



 ◆



「中務、忙しいところをすまなかったな」


 寿麻呂の婚約話をしてから半月ほど後、父上の容態が急変したことを知らせると、芝愛宕下にある松山藩の上屋敷から弟の定国が見舞いにやってきた。相変わらずの様子で、外記に向かい父上の病を治せなかったことを詰っておったわ。


 他家の養子となったのだから、本当は呼ばなくても良かったのだが、同じく養子入りした定信は呼んで、もう一方は……となると外聞が悪いし、何より直接話をしておかねばならぬ用件があったので丁度よかったわ。


 だが、それは父上や母上には聞かせられぬ話ゆえ、こうして弟が帰る機を見計らって、見送りに来たという次第だ。


「何を水臭いことを仰せか。実の子として当然のことです。むしろ兄上の方が後始末などでお忙しいかと。微力ながらお力になれることがあればお申し付けくだされ」

「そうか……ならば、其方は予州松山を恙無く治めよ。それが何よりの孝養となる」

「どういう意味でございましょう……?」


 私が耳元でそう呟くと、弟は怪訝な顔をした。所領を治めるのは当たり前の話ではないかという表情だな。


「其方、何も知らされておらぬか」

「な……何がでしょう……」


 惚けているのかと思い、低い声で少し強めに出てみれば、思った以上に狼狽えておる。それは誤魔化すためではなく、本当に思い当たる節が無いといった感じだ。


 まあ……弟は腹芸の出来る質ではないからな。


「久松の家中にも、戸部尚書から誘われた者がおる」

「まさか……」

「そう思うか? 田沼の調べで名前が上がっておったわ」


 松山藩は藩政改革の真っ最中でそれどころではなく、接触のあった家臣がいたというだけで実際に同心したわけではないから、罪には問われない。


 だが……それが藩主定静さだきよ殿や弟に伝わっていないのは何故か。一橋も人を見て、『此奴ならば切り崩せる』と見越して声をかけ、応じる側も腹に一物あってそれを秘していたということだろう。


「戸部尚書に同心しなかったことは褒めてつかわす。御家門たる久松が同心していたとなれば一大事であるからな。されど、関与していないと主殿頭に認めさせるのに骨が折れたわ」

「それは……とんだご迷惑を……」

「そう思うのなら、家督を継いで後、家臣たちの統制を図り、将軍家への忠節を忘れぬように。もしこれを違えたときは……この治察が許さん」

「然と肝に命じます……」




 はあ……やれやれ。一橋を排除して少しは落ち着くかと思ったが、いやはやどうして、この先も忙しくなりそうだ。


 お溢れに与らんと願う邪な者と、これを利用する野心家というのは今後も出てくるであろうし、上総や外記が幕閣に入れば、これらと戦うことになる。


 そのときはこれまで父上がなされたように、私が弟たちの盾となり守ってやらねばなるまい。


 しかし、慣れぬ立ち回りをしたせいか少しくたびれたな。今宵は因子に慰めてもらうことにするか……




◆ ◆ あとがき ◆ ◆


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