やんごとなき一家の団らん
さあ、今日使う材料はこちら。
・甘藷
・砂糖
・牛酪
・卵黄
・胡麻
これだけ。本当は生乳を使えればもっと滑らかな舌触りになるんだけど、牛が佐倉にしかいないものですから、今は牛酪しか手元に無いんだよね。まあこれだけでも十分美味しいから大丈夫でしょう!
じゃあ、順番に作っていきたいと思います。
一 甘藷を茹でる。
これはね、柔らかくなるまで煮込んでください。固いとすり潰すのが大変になっちゃいますから。
二 茹で上がった甘藷をすり潰す
このときにどれくらいすり潰すかで食感がかなり変わってきます。滑らかな舌触りが良いなら念入りに裏ごししてほしいし、ちょっと粒が残るくらいでもそれはそれで食べ応えのある食感になりますのでお好みで。
三 熱いうちに砂糖、牛酪、卵黄を混ぜる
砂糖、そして佐倉牧から送られた特製の牛酪、卵の黄身を入れ、全体によく馴染むように混ぜ合わせてください。
四 形を作る
混ぜ合わせた甘藷を一口大に分けます。形は好みでいいですけど、あまり大きすぎると火の入りが悪くなるし、細いと焦げやすいんでね、その辺は上手く調整してください。そして、出来上がった物を陶器の平皿に乗せます。
五 卵黄を塗る
さ、ここからが安十郎流。この状態で焼いてもただの焼き芋、十三里の変わり種にしかなりません。ここでもう一度卵黄に登場してもらいます♪
では、卵黄を高いところから垂ら……しません。刷毛で表面に塗ってください。こうしてから焼くと、表面に綺麗な焼き色が付いてとても洒落た出来上がりになるんですよね。
おお~良い感じですねえ~。そしてこの上に胡麻をこう……パラパラっと振りかけます。
六 あらかじめ熱を入れておいた竈で焼く
火が強すぎると焦げてしまいますから、予熱をしっかりしていれば、そんなに火は焚かなくても大丈夫です。焼き時間はそれぞれの家の竈によって変わりますから、何度か作ってみてちょうど良い時間を確かめてみてください。
さて……焼き上がりました。いい焼き色ですね。
食べてみましょう……うん、これはね、もうこの国の人がまだ誰も食べていない逸品です。
今日のおやつはこれで決まり! 皆さんも是非作ってみて下さい。
『安十郎の調理場』、またどこかでお目にかかりましょう!
◆
「これは美味しいこと。
「お喜びいただき何よりでございます」
早速出来上がった菓子を因子様に献上する。本来俺はお目通り出来る立場にはないが、賢丸様と種姫様のお供という形での拝謁である。
「安十郎とやら、其方には礼を申したかったのです」
「私にでございますか?」
因子様がフフッと微笑んだ……ように見えるが、正直に言うとよく分からない。目こそ笑ってはいるが、扇子で口元は隠しているし、顔は白粉で塗りたくっているから表情筋の動きとかも見えづらいんだよね。
この時代は「色の白いは七難隠す」と言って、色白の女性が美しいともてはやされているので、貴人の女性は皆、顔から首筋から、とりあえず着物の上から見える地肌部分は全て白粉で真っ白にしている。
今でこそ慣れたけど、最初はちょっとカルチャーショックだったよね。未来だとそういうのは歌舞伎や舞妓さんみたいな伝統芸能の関係でしか見たことがなく、それ以外だと……「チッキショー!」って叫ぶ芸人くらいだったからね。
因子様に関して言えば、まだ年の頃は高校生くらいだし、都でも屋敷の中で大事に育てられていたから、化粧なんかしなくても十分白くてピチピチのお肌……いかん、「見た目は子供、思考はおっさん!」のセクハラ発言になってしまう。
とにかく……勿体ないなあと思うわけですよ。
「田安のお家はみな、其方のおかげで健康だとな。治察様が仰っておりましたよ」
「呼んだか?」
「治察様?」
「儂らもおるぞ」
「これは……」
呼んだ覚えはないのだが、治察様に続いて宗武公と通子様までやってきた。
「兄上に、父上と義母上まで……いかがなされましたか」
「いかが……ではないぞ。また怪しいものをこしらえたようではないか」
怪しいものではなく
「ダメですよ。これはお義姉様のためにと私が安十郎様にお願いしたのですから」
「つれないのう」
「種様、よろしいではありませんか。皆で食べた方が美味しいですわよ」
年相応の子供らしく、種姫様が「これはあげないもん!」と言うところを、因子様がお姉さんらしく宥めて、皆に茶と菓子を振る舞うようお付きに命じると、一家団らんのティータイムが始まった。
中々珍しい光景だよな。奥方様なんて御簾中様、御簾の中の方と言うくらいだ。身内とはいえ、こうやって一家勢揃いというのは他の家ではそうそう見ることは出来ないだろう。
「うむ。甘くて美味いの。これは牛酪を入れておるのか」
「はい。牛の乳は菓子に混ぜると滑らかさが増し、味に深みが出ます。滋養に良き効能がございますゆえ、今回の種姫様のご依頼にはうってつけかと」
「ありがたいことです。このようにお気遣いいただいているというのに、だからこそ未だ子を成せぬのが口惜しい……」
因子様が悲しそうな顔をされた。良かれと思っての行いまでそう受け取るとなると、相当悩んでいるようだね。
「安十郎、オランダの医学でどうにかならぬものか?」
「え……? いやぁ、それはちょっと……」
宗武公に問われたものの、解剖書一つ訳し終わっていないのだから、何とも言いようがない。そもそも子供が出来やすい薬とかあったら、今頃大金持ちですわ。人工授精だって数百年後の話だし、オランダ医学をもってしてもね……
あー、だけどメンタル的な話ならいけるか。
「されば、西洋ではストレスという考え方があるそうです」
「すとれす……?」
「生活する中で周囲から感じた重圧や悪意によって、心が乱されることを言うのだそうです」
「なるほど、過度な期待をされると却って悪い結果になることは往々にしてある話だな」
この時代、乳幼児の死亡率が高く、子供は早くから産めるだけ産めという考えなので、妊娠を期待する声は当たり前に聞かれるが、優しく言葉をかけられたとしても、それが何度も何度も続けば圧に変わるというものだ。
「それこそ子供は授かり物と申します。滋味溢れる田安のお家の食事をいただき、心安らかに毎日をお暮らしいただければ、いずれ子は授かりましょう。お二人はお若いし、なにより仲睦まじいご様子でございますれば、今からそう心配しなくても大丈夫かと」
皆がそういう物の見方もあるのかと感心しているが……この時代にストレスという考え方が既に存在するかは知らずに言っている。とりあえず西洋医学と言っておけば信じるかなと思ったまで。嘘も方便です。
「そうか、知らず知らずに期待を背負わせてしまっていたのかもしれんのう」
「いいえ。お義父様にもお義母様にも普段から良くして頂いておりますれば。私も気負いすぎていたのかもしれません」
「ええ。美味しい物を食べて健やかにお過ごしいただければ大丈夫です」
「安十郎よ、其方の知恵にまた助けられたな」
助けるというほどのことでもないと思うが、そう言われたのであれば有難く賞賛は受けましょう。
「そうじゃ、其方にはこれを授けよう」
「これは……?」
「聞けばその"すとれす"とやらは、悪意に晒される場合も起こるようだからな、それを打ち消すための一助じゃ」
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