第22話 いちにちめ、よる③
ちょこんと病院の寝間着姿で、いるはずがないのに、琴琶が僕の目の前にいる。観間違えるはずがない、僕の妹が、血を分けた肉親が。
あいつは病院で生命維持装置に繋がれていて、あの檻みたいな部屋から三日も離れられない。だからこれは夢か幻覚だと僕は即座に断定した。雪山で遭難者が観る幻覚のように、あるいは臨死体験者が医師や医療機器の影を神や死後の世界と見紛うように。
「ハイリちゃんが死んだのもお兄ちゃんのせいだよ」
疎ましく吐き捨てるように、妹は口にした。
「病室でね、ずっと見ててわかるの。あの人はね、こんな小さい子に嫉妬してるの」
ぎゅっ、と、自分自身をかき抱くように、琴琶は小さく萎びた身体を更に小さく丸める。
琴琶は19歳になるのに、ずっと5歳の姿のままだ。あの炎が、彼女の成長を半永久的に止めてしまった。
「嫉妬してるの。見苦しいと思わない? あの人はね、ずっと自分に嘘をつき続けてた。偽りで塗り固めた自分で周囲と接して、常に自分を飾ってた。そうやって自分を繋ぎ止めてる。
どんなに優しくされても拒絶されてるってわかるよ。それはね、告白してきた相手に「ずっと友達でいようね」って返すみたいなものなの。半透明な膜に覆われて永遠に近づけない。ハイリちゃんはずっと苦しんでいたんだね。それをお兄ちゃんが止めを刺した。「正直に答えるんだ」、なんて一番彼女に言っちゃダメな言葉じゃない?」
妹の言葉は僕の意識を溶かし、境界を解けさせてゆく。
「本当はね、ハイリちゃんもね、お兄ちゃんと手を繋いだりキスしたりセックスしたりしたかったんだけれどどう見ていても見込みがないから代用品で我慢したの、下らないよね、下らない。でも仕方ないよね、替えの利かない人間なんていないもの。人生妥協とあきらめが肝心だよ。でも滑稽だよね。ハイリちゃんは最後の最後まで絶望しながら死んだろね。窮地に陥ったお姫さまを助けてくれる騎士は都合よく表れないただ傍観してるだけ」
妹の言葉は毒となって僕の神経を蝕む意識を摩耗させ切り刻んでゆく。幻覚にしては妙に生々しく、言葉が痣となって素肌に沁み込んでゆく。
「だからハイリちゃんを殺したのはお兄ちゃんだよ。おめでとう、事件が早速一つ解決したね。ハイリちゃんが死んだのも私が死んだのもお兄ちゃんのせいだよ。ねえ、見てこんな姿。これじゃお嫁にも行けないどころか一生をベッドの磔にされて生きるようだよ」
そこまでを一息に言ってしまい、
「私の人生を返せ!」と妹は叫んだ。
もう許してくれ。こんなことやめてくれ。
僕が悪かった、僕が全部悪かったから、
僕があの時、
あんなことさえしなければ————。
「でも大好き。ずっと一緒だよ、お兄ちゃん」
……僕の意識は深い闇へと溶暗していった。事によるとその闇は、僕自身だったのかもしれないが。
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