Chapter.3 探偵たちは脱出の方法を探り始める

第20話 いちにちめ、よる①

 

       3



 沈黙だけが場を支配していた。

 残された六人の誰も言葉を発しない。

 無惨に焼け死んだ女の子の焼死体を前に、ただ座り尽くすだけだ。


 初めに席を立ったのはツガムラだった。ゆっくりと立ち上がり、二三肩をもむと、「流石にこのままじゃかわいそうだ」と言った。


 ああそうだな。それは本当にそうだ。しかし実際問題として僕は椅子に縛り付けられているので身動きが出来ない。鬱病の人はベッドから起きあがる気力もないらしいけど、本当にその通り気力とか活力とかその他人間が人間らしい生き方をするのに必要不可欠な何かが体の奥底からげっそりと磨滅してしまって、何か行動らしい行動を起こす気にもならなかった。


 ツガムラは羽衣里の黒焦げ死体を椅子からそっと抱き起すと、不良少年に視線をくれた。猿轡の不良は渋々といった体で、死体の足の方を持つ。炭化しかけの、ぼろぼろの布切れみたいな死体を。


 そのときだった。


《おめでとうございます。第一のゲームのクリア報酬として、「ホール」、「霊安室モルグ」、「宴会場」が解放されました。それぞれの部屋の用途を簡易に説明します。「ホール」は集会場、多目的室としてご自由にご使用ください。「霊安室」は参加者の中から死者が出た時に死体置き場としてご活用ください。防腐、防臭処理の施した棺が置いてあります。「宴会場」は、特定のゲームで使用が可能な特別室……VIPルームのようなものとお考え下さい…………》


 そう、無機質な声がした。と、同時に、白い部屋の、僕から観て、「北」、「東」、「西」がゆっくりとスリットのように開き、新たな空間を提示した。


 足利さんは嗚咽している。「帰りたい」洟を啜る。「もう家に帰りたいよぉ」ミホさんは無言のまま沈痛の面持ちで項垂れている。勅使河原さんは口の端を噛み、そして僕はというとツガムラと不良少年がさきほどまでハイリだったものを丁寧に抱きかかえ「東」の「霊安室」へと消えていくのを黙って見守るのみだった。去り際にツガムラが目配せをしてきた。「これでいいんだな」「お願いします」僕は黙って下へ頷いたいや俯いた。あるいは鬱向いた。 



 先ほどまでの光景も現実感がなかったが、もはや質の悪い悪夢を観ているとかしか思えなかった。幼馴染みは焼け死に、白い部屋からの脱出の見込みは立たず、あと六つもの課題をクリアしなければならない。信頼関係も何もないほぼ初対面の脛に傷持つ探偵六人で。


 先行き不安どころではない。一歩先が奈落だ。まあ笑えることに僕は椅子に縛り付けられているので一歩も動けないんだけれど。


 ツガムラと不良少年・八朔隆二が「霊安室」から戻ってくると、彼ら二人にミホさんが同行し、解放された残り二つの部屋を検分しに行くらしい。彼らの気丈さにはほとほと参る。


 僕はずっと項垂れていた。思い出すのは祖母の葬式だった。社会的地位にしか興味がない頭が固い父親や頭が綿あめみたいな生粋のお嬢様育ちの母親、その他もろもろの腐った親類どもとは違って、祖母は珍しく僕や妹に優しかった。せめて僕たちくらいには優しく在ろうとしただけかもしれないけれど、それでも僕にとっては素晴らしき祖母だった。僕の21年というわずかな人生において数少ない尊敬できる人間だった。


 しかしまあ、時の流れは残酷というべきか、そんな祖母も僕が中学三年生の時に逝ってしまった。葬式で骨だけになった祖母を観て僕は思った。


 いつか、どんなに充実した人生を送ったところで何者かになったところで愛する人と愛し合えたところで死ぬのに、生きる意味は、この世に生まれてくる意味は果たして存在するのだろうかと、向こう側へ行ってしまうことへの意味はあるのだろうかと。


 人生に、意味は、あるんだろうかと。


 あるとしたらそれは果たして絶望じゃないのかと。


 そう、思ったのだった。   


 下らない僕の思惟を打ち砕くように、ツガムラたち先遣隊が戻ってきた。彼らの報告によると、ホールには柱時計が設えられおりその時計は十時半を指していた。したがってさらわれたタイミングを鑑みて今は夜の十時半の可能性が高いこと、「宴会場」には鍵がかかっていて入れなかったこと、そして「霊安室」で簡素だが毛布を発見したことなどをつぶさに報告してきた。


 彼らの活躍は有難かったが、僕はもう感謝の言葉を返す気力もなかった。今はただ眠りたかった。何もかもを忘れてほんの一時でも白紙に戻りたかった。


 各々が毛布を受け取り、静かに包まる。やがて部屋の電気も消灯され、あたりは濃度の濃い闇に包まれる。非常に現実感がない、どこまで彷徨ったとしても抜けられない悪夢のような、夜の始まりだった。

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