第19話 回想——被害者Ⅰ

       『回想Ⅰ』


 

 人生楽しまなきゃ損だ。


 それが私の唯一の心情であり信条である。


 だって、折角生まれたんだ、そりゃ沢山辛いことはあるかもしれないけど、これだけ沢山の人が同じ世界で同じ時代に生まれて、仲良くなったり喧嘩したり付き合ったり別れたりしている。きっとそれはそれだけで途方もないほどに凄いことで、無機物とか鳥とか虫とかでなく人間に生まれたなんてことよりも遥かに、魅力的で奇跡的な出来事のように思える。


 私はバカだけど、そんな可愛くもないけど、それでもそう思う。人生は生きているというただそれだけで楽しいと。むしろ変に悲観したり斜に構えたりしてどうせ人生なんて私なんて僕なんて云々、とか言ってしまえる人の方がよほど可愛くないし普通にバカだとさえ思う。


 まあ昔からそそっかしくて「天然?」とかよく言われそのこと自体にも「そうなのかな?」とか返し、調子に乗ってるなー地味子が。とか、わざとらしく天然気取るブス。とか心ない言葉を周囲の主に女子に投げかけられたとしても、それでも、きっと私はこうあることを止めない。理解が得られないのはそれだけのことで、つまりは縁がなかったんだろう。


 私の処世術らしきものと言えば、出来るだけ人に合わせて、自分が楽しめる方法を探す。だって人を憎んだり人に怒ったりしても何にもならない。ただ、私の気分が悪くなるだけだ。


 だから、幼稚園の教室の片隅で、いつもつまらなさそうな顔して、不貞腐れながら積み木を積んでいる男の子を観たときは、彼の存在を常に意識の端に捉えるようになったときはずいぶんと驚いた。


 遠足で、緑の綺麗な丘のある公園に行ったとき、誰とも混ざらずシロツメクサの冠を器用に編んでいる彼を見て、手先の器用さや真剣な表情よりも前に、どこか周囲と隔絶した異様さ、他者の介入を拒むような頑なさ、そういったものを感じ取っていた。後付けかもしれないけれど。


 ――――どうして一人なの。


 ――――妹がいるんだ、病気がちで庭以外はあまり外に出られないから、なにか持って帰ってあげたらなって。

 

 胡桃沢琴琶くるみさわことは。ミツルの妹。お金持ちの家に生まれた、将来を約束された本物のお嬢様。


 初めて彼女を観たとき、私が感じたのは圧倒的な敗北だった。打ちのめされた、と言っていい。齢五にして完璧で洗練された美しさ。


 完璧な彫刻。時間が止まった人形。人間というより、瞬間のきらめきを閉じ込めたかのような絶対さ。


 浮世の柵を超克したかのような、女の子。ミツルが入れ込むのも分かる気がした。


 じりっ、と胸の片隅を焦がすような奇妙な感触を、よく覚えている。


 当時の私はその感情を表現する術を持たなかったけれど、今にして思えばいくら小さくても、子供でも、やはり女はこういうところからして女なのだろう。

 



 小学校二年の時、ミツルの家が焼けた。ミツルのお母さんとお父さんは亡くなり琴琶ちゃんは全身にやけどを負い包帯で簀巻きになった。原因はわからない。資産は大分目減りしたようだけれど、それでも膨大な資産が残ったみたいだから、お金持ちというのは凄いのだなあとか平凡な家庭に生まれた私は平凡に思った。


 誰にとってもミツルは一定の距離を取って、静かにたたずんでいたように思える。クラスの行事とかも一応は参加するのだけれど、あくまでそこにいるだけで、けして馴染まない。私は頑張った。必死に彼を馴染ませようとした。人生を楽しんでほしく、今ここにしかない時間を大切にしてほしく、過去に埋没せず台無しになった妹の美貌にとらわれることなく彼の楽しい人生を送って欲しかった謳歌して欲しかった。

 

 勝手に対抗意識燃やして彼氏できた報告しても冷めた祝福の言葉をくれるばかりで、澄んだ瞳をして、どこか遠くを見つめてた。琴琶ちゃんのお見舞いにだけは欠かさず行っていた。私も付き添った。


 それだけだった。


 ああ、本当にこの人は、ただ近くに住んでるだけでたまたま仲良くしてくれただけで、本当にどこまでも私とかに興味がないんだなあって、しみじみ感じたりしたよね。勝ち目どころか、土俵にさえも上がれてなかったわけだ。無念ながら。  


 ああ、痛いな。全身が熱い。痛い痛い熱い熱い痛い。もう半分死んでいるのかもしれない。死んだらどこに行くのかな。意識はどうなるんだろう。読み終わった本を閉じるみたいに、テレビのスイッチを消すみたいに、PCの電源を落とすみたいに形だけいなくなるのかな。


 ねえ、弥弦。


 共感性もなく、人生も楽しまず、何に対しても無気力で死んだように生きているEQ低そうなあなたに最期に死ぬ前に一言だけ言わせて。


 何もかもつまらなさそうに凪みたいに死んだように生きてるあなたに最期に一言だけ言わせて。






       だいっきらい。







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