第17話 だいいちのげえむ⑤

 

『はい』羽衣里は照れ笑うように答える。

 今になり恥ずかしくなったのかもしれない。僕も悪乗りが過ぎた気がする。反省しないと。


《あなたと胡桃沢弥弦は幼馴染みですか》


『はい』


 ふと、


《あなたが胡桃沢家と》


 嫌な情景が、


《深く関りを持ち始めたのは》

 

 僕の脳裏を過った。煙。火柱。叫び声、


《14年前の胡桃沢家火災全焼が原因ですか》


『……はい』


 じっとりと粘つく汗、部屋いっぱいのけむり、灰色に染まる視界、


《あなたは胡桃沢家火災全焼の犯人ですか》


 ……妹の泣き叫ぶ声。


『いいえ』きっぱりと羽衣里は答える。当たり前だ。だってあの事件の犯人は。


《あなたは全身やけどを負った》


 視界がぐるりと暗転する。何でそんなことまで、黒幕が知っているというのか。


《胡桃沢弥弦の妹を観ていて》


「羽衣里」思わず声にならない声が喉を通り抜け迸る。僕は羽衣里を観る幼馴染をこの年になるまでずっとずっと仲が良かった女性を……真正面から観る。


《「いい気味だなあ」と思いましたか》


 彼女は恐怖と怯懦の奥に、ほんのわずかな期待が滲んだ奇妙な表情を浮かべていて。それはちょうど正しく14年前の火災のときと同じで。 


 他人が質問されている最中に他の参加者が口を挟んではいけないというルールはなかった。だからこれは当然の介入。


「羽衣里、正直に答えるんだ」


 ふと、視界が明瞭になった。何かが起こる前触れのような、予感とも期待ともつかない、奇妙な感覚。劇場で演劇が始まる前のような、暗く重い緞帳が上がるような不気味な印象。


 澄んだ瞳。



 彼女は何かを悟ったのか、あるいは諦めたのか。異様に澄んだ瞳をしていた。ウェーブがかった茶髪が短く揺らぎ、沈黙を保っていて口許がわずかに


 ごめんね。


 の形を象った気がした。


『い い え』羽衣里が答える。彼女の口が閉じ終わる。












 恐ろしい光景な筈なのに、何故だか目が離せない。高梨羽衣里の全身を炎が舐めていた。炎。それは先ほどの白い椅子の根元辺りから噴射されたものらしく羽衣里の身体を蜃気楼めいて揺らめかせ焦がし尽くしただの灰とか塵とかに変えようとしていた僕はそれを黙って観ていた全身を軋ませ椅子から脱出を図ったがそれはもう無理難題で僕は羽衣里が焼かれ死ぬのをただ呆然と眺めていた。


 遠くで足利さんかミホさんの叫び声が聞こえる。誰かの嗚咽する声も。幻聴だろうか。視界が、世界が酷く遠い。非常に現実感がない。異様なまでに冷静だった。羽衣里が焼け死ぬまで僕は一言も発しなかった。ただその代わりと言ってかくちびるの端が深く切れていて体の奥底から煮えたぎるような色を持った感情が水位を上げてせり上がってくるのが何となく分かった。



《……探偵七、高梨羽衣里。質問に対し虚偽の回答を行ったためゲームオーバー……》


 一体何を言ってるんだ。ゲームじゃないこれは現実だ。先ほどまであんなふざけた会話をしていたのにあんなのが最後の会話だったのか。ふざけるな、ゲームならセーブ&ロードはないのかよほんの数瞬前までに戻せよ。羽衣里が生きていたほんの数十秒前までの部屋に。


《……秒のインターバルの後、次の方への質問を……》


 一人が欠けた、炎がはぜる音以外は異様に静かになってしまった部屋に、虚しく《声》が木霊した。 

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