Chapter.2 探偵たちは罪を糾弾される

第8話 こくはつ①

 

     1


 それからの行動は早かった。今のところ自由に動ける足利さんとツガムラはわずかに目配せすると、部屋の隅に転がっている残りの人物を起こし始める。

 全身を椅子に縛り付けられている以外に状況を表現しようのない僕と、視界を塞がれている勅使河原さんはその様子を注意深く見守る。言葉で、音で、あるいは五感以外の何かで。

 

 

 

 ツガムラに引き立てられるように起こされたのは、十代後半くらいの少年だった。挑戦的な目つきに堀の深い顔立ちで、何処かの劇団で俳優でも目指していそうと言われても納得する。さぞかし扱う言葉も巧みなのだろうが、悲しいかな、彼の口部にはきつく猿轡さるぐつわが嵌められていて、言葉を発するどころか呼吸も苦しそうだ。犯罪者でも引っ立てるかのような手荒なツガムラを鋭く睨みつけ、首を短く振った。自分で起きれる、との意思表示だろう。


 思ったが、ツガムラといい今の男の子といい、男性の方が目覚めるのが遅いのは、やはり睡眠薬が盛られた量の多寡にでもよるのだろうか。僕はどうなんだという話なのだけれど、それはおいおい考えるとする。


 一方、足利さんに優しく抱き起されたのは、どこか影のある雰囲気の女性だった。二十代前半くらいだろう。服装は艶やかだし顔立ちもずいぶん整っているのだけれど、表情が非常に暗い。物静かな、というよりかは、辛気臭そうな、という表現が似合う。薄紫のオフショルダーのワンピースに小柄な身を包んだその姿は、人間というよりもラッピングされた新品の菓子か人形の様だった。あちこちに不安定に飛ぶ視線は意志の弱さを感じさせる。ううん、失礼な表現ばかり使っている気がするなぁ。あまり人を形容することに慣れていないのかもしれない。


「あなた、名前は?」

 足利さんに覗き込むように視線を遣られると、件の彼女は大袈裟に肩を震わせ、おどおどと怯えながら視線を背けた後、

「……ミホ」と短く名乗った。


 これで六人。

 漸く無機質な部屋がにぎやかになってきたというのに、最後の一人は、部屋の真ん中あたりですやすやと寝ているように見える。その姿にどこか見覚えを感じるのは、気のせいだと信じたい。

 あまりにも緊張感がなく大の字になっているので、逆に起こしづらい。安眠を妨害してしまうのもどうかと思うし。足利さんは珍獣でも観るように避けて通り、あのツガムラさえも苦笑していた。扱いに困っているのがそれとなく伺えた。


 勅使河原さんは目が見えないし、起き抜けの二人に頼むのも気が引ける。

 いずれにせよ、ここは僕の番だろう。少しくらいは状況の改善もしくは進展に貢献したい。


「ハイリ、起きて」囁くように、見知った顔へと声をかける。


 ぱちりと目を開けると、猫のようにさっと飛び上がり、はにかんで僕の方を見る。


「あれぇ、ミツル? こんなところで何してるのお?」

 高梨たかなし羽衣里はいり。同じ大学に通う幼馴染みだ。間違えようもない。それ以外に表現できない。


 羽衣里は部屋の中央からぐるりと辺りを見回すと、「なんだか、面白い事でも始まりそうだねぇ」と、呑気に呟く。

 同時に、鼓膜をつんざくような、脳を直接揺らすようなけたたましいブザーの音。 

 明らかに始まりの合図だった。

 無音の部屋に音が満ちる。

 その場の全員が顔を上げる。

 白い部屋に、七人の探偵。

 

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