第7話 はじまり⑦

 ツガムラは部屋の様子をぐるりと見まわし(僕の惨状には一瞥しただけで特にノーコメント、だった)、小さく鼻を鳴らした。


「まあ要するに、ソリッドシチュエーション・ミステリーってとこか? 下らねえ。考えた奴は、てか、首謀者は筋金入りのバカだよ」

 

「え、なに? その、ソリッドシチュ……。同人誌の設定か何か?」足利さんが訊ねる。

 素の表情に少し違和感を、感じなくもなかったが、僕はスルーした。ここは話を進めよう。 

「昔に流行ったジャンルだよ。映画とか漫画とかで、密室とか閉鎖空間に何人か閉じ込められて、それだけで話が進行するの。固定ソリッドされた状況シチュエーション……そのまんまだよ。まあ、低予算作品だな」

「B級グルメ、みたいな? デスゲームとは違うの?」

「面白い譬えするね、若いのに。デスゲーム……まあそんなところだ。遊園地やクイズ大会みたいな、制限時間付きのアトラクションみたいなもんだ。緊迫感とか絶望感が売りだな」

「ふうん。詳しいね。それにわかりやすい」


 同意を求めるように僕や勅使河原さんを観る。こういうところは年相応で、無邪気な感じがある。本当に、意外と足利さんの反応が純粋だ。プライドが高いタイプかと想定していたが、案外そういうわけでもないらしい。まあ、インターネットといえ人気者になるには、妙な沽券なんて捨てた方が良いのかもしれないが。


「うん……あたしの得意分野かもな。クイズ大会みたいな。うん、これは数字取れるっしょ」


「現実観な、嬢ちゃん。楽しむ前にまず状況を検分しないとな」

 足利さんの表情が明るくなったのも束の間、またツガムラは茶々を入れる。途端に曇る足利さんの笑顔。ツガムラツカサ……まるで誰よりもこの状況を楽しんでいるみたいだ。


「なに? あたしのやり方にケチつけんの」カバンに細い腕を差し入れたまま、威嚇するように足利さんはツガムラを見据える。

「インフルエンサー……だっけか? その人気もいつまでもつかねえ。世の中出りゃやりたい仕事をやってるやつなんてまずいないし、夢や希望で腹は膨らまねえんだ。いまどき探偵なんてじゃいつまでも食えねーしな」

 

 冷笑しきったツガムラの態度に、足利さんが食って掛かるかと思いきや、別の方向から言葉が飛んできた。

 

「それは聞き捨てなりませんね。探偵だって立派な職業の一つには違いありません。それに、あなたがそれを言うかしら? 


 勅使河原さんが憎々しげにツガムラを見つめる……いや何度でも繰り返すが彼女の視界は塞がれているので見つめることはできないのだが、聞いている僕にも見えない凶器で突きさされたような、背筋に寒気が走った。

 

「意図的に触れないようにしてたんだがな。過去のことは水に流そうぜ、杏香ちゃん」

 ひょっとして昔付き合ってたりとかしたんだろうか、この二人。なんだか、そうだとしたら割と胸が疼く。

「そういうあんたは何よ? 何探偵? 現実主義リアリスト探偵?」

「うーん、何探偵だろうな? 一応、本業は司法書士だよ。うん百億の相続登記とかぼけた金持ち老人の後見とかやってるよ、これでもな」 

 ツガムラはまた小さくため息をつき、

「ともかく状況は動かした方がいい。膠着が一番不味いんだ。? 。寝ぼけんなよ、探偵ども」


「なあ?」というように、僕の方を見る。悔しいが、彼の言葉には共感せざるを得なかった。〈もう事件は始まっている〉。

 彼の言う通りその点だけは、否定しようのない真実なのだから。

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