第6話 はじまり⑥
それにしても、まだ覚醒して数分も経っていないというのに、彼女ら二人の動揺のなさには驚嘆させられる。不気味ささえ感じるほどだ。
足利さんにしても同様だが、こういう奇妙な空間にいきなり投げ出されたのなら、まずは質の悪い夢を疑い、次に悪質ないたずらを想定し、最後にはパニックになって慌てだすとかなんとかするものじゃなかろうか。僕が言うのもなんだけれど、不自然なほどに、場の状況にそぐっていない。
「これは……鍵か。簡単には外れなさそう。ピッキングも難しそうね」
先ほどはアイマスクなんて気軽な表現を使ってしまったが勅使河原さんの頭部を覆っているものは、ある種の冗談で用いられるようなちゃちな代物では決してない。ご丁寧に強固な鍵まで設えられ、介入をかたくなに拒んでいた。
材質こそ解らないが、 昔、何かの映画で観た、囚人に被せる拷問用のマスクめいたものに似ていた。あれでは視界はおろか、頭部を自由に動かすのも難しいだろう。
「それにしても……奇妙ね」
勅使河原さんが呟く。
「ここ、外部の音がほとんど聞こえないでしょう。この空間……施設と呼べばいいのかしら……がどこに位置しているにせよ、少しくらいは排気音や水の流れ、摩擦音でも聞こえそうなものだけれど」
彼女が声に仕掛けたその時、遠くで何らかの機械の駆動音らしきものが聞こえた。僕たち三人は頭だけでも咄嗟にその方向へ向ける。
白い部屋に、白い扉。僅かな切れ目がある場所が何か所か。どうやら、この部屋以外にも空間はあるようだ。
「取り敢えずは様子見、か……」
その様子も見られないのに、この場で一番落ち着いているのが勅使河原さんだった。つくづく彼女の度胸には感心させられる。
「おいおいそれでいいのか? 今ここが正しく事件の渦中だろ。
軽薄そうな雰囲気を纏った男だった。高級そうな背広に身体を包み、厭味にならない程度に着飾っている。一目見て、この男は何らかの専門職に就いているな、と僕は判断した。専門家特有の、どこか
「失礼ですが、状況が読めない以上、静観するのが無難では」
なんとか対抗意識を燃やして、僕は彼を睨んだ。言っていることが先ほどの足利さんの焼き直しなのが悲しいが、目を覚ました横に見知らぬ他人がいれば、誰だって多少なりとも警戒の念を覚えるはずだ。それが身に覚えのない場所なら
「きみも、そこの女性二人も、探偵だろう? きみたちは、事件で人が死んでから推理を始めるのか? 無事に解決し終わった後、ああ、あのときは手掛かりがまだ全部揃えってなかったので真相を言えなかったんです、なんて、そんな言い訳がましい醜態を晒しているのか」
男は軽く溜息をつき、
「俺は御免だね。職業柄、死人が増えると面倒なんだ。遺産相続は見飽きてるしな」
冷笑しきった視線と口調を僕らに向け、男は名乗った。
「ツガムラだ。正しくはンガムラなんだが。まあ戸籍に読みは載ってないしな。どっちでもいい。
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