第5話 はじまり⑤
「ほら起きて、
足利さんは横たわった女性の顔を覗き込み、一瞬、怪訝そうな表情を見せ、俯く。
「起・き・て。あんたの時代はとっくにもう終わったんだよ、おばさん」
言葉の振動を感じ取ったかのように、
「声だけでわかったわ。相変わらず生意気な小娘なこと」
と返答し、女性は揺り起こされる前に自分で起き上がった。
「……他には誰がいるの?」
落ち着いた声音で、自らの置かれている状況に取り乱す様子も見せない。
「今起きてるのはあたしとあんたと、椅子に自主的に縛り付けられている変態が一人」
訂正したいけれど、出来る雰囲気でもなさそうなので黙っておくことにする。
「……そう。見えなくて良かったわ」
事も無げに答える、勅使河原さん。
というか、まだ登場人物が三人だというのに、早くも力関係が固定されかけているようで、先行きが不安で仕方がない。このままだと僕は、他の人物の引き立て役、ないし紹介役にでも成り下がるしかなさそうで、それは自分で望んでそうなっているのかもしれないけれど、貧乏くじでも引かされたような気分になっているのは間違いがない。
勅使河原
探偵も人間である以上、推理にはどうしても自身の偏見や思い込みが夾雑物として混じり込む。畢竟、探偵が「事件を解決する」ことの難しさは、探偵自身もその事件の当事者であることに由来する。
だが、いかに複雑怪奇を極めた事件とて、事件そのものを外側から客観視し、主観を極限まで省くことで、まるで「小説を読む」ように解決できる。
状況を読む。
空気を読む。
心理を読む。
真理を読む。
世界を読む。
読解を越えた読界とでも解すべきか。勅使河原杏香……読解探偵。
彼女の武器は何と言っても、その類まれな観察力だろう。
「それさ……少しでも見えないの?」足利さんが勅使河原さんに訊ねる。
「いいえ。まったく。弱ったわね」
けれど現実として、勅使河原杏香の眼もとはアイマスクでがっちりと覆われ、視界の全てが無慈悲に剥奪されていた。
「でも良かった。失明はしていないみたい」
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