第4話 はじまり④

 聞き覚えはある。というか、普通に知ってる。、彼女は日本一、少なくとも東京一の探偵だ。


「てか、あんたも名乗りなさいよ」

 足利さんは非難めいた視線で僕を見据える。僕の方が年上なのに射竦められたかのような感覚を覚えるのは、探偵として未熟だからだろうか。それとも未だにこの状況に順応できていないからだろうか。まったく、損な役回りだ。

「一身上の都合でね。あまり、自分の名前が好きじゃないんだ」

 普通に苦しい言い訳。

「ふうん。ま、いいか」

 けれど彼女は流してくれたので安心した。


 話は戻るけど、インフルエンサー探偵・足利桃子は間違いなく真に現代的な探偵だ。その現代もいずれは古くなるんだろうけれど、少なくとも、今のところはそうなんだから、別にいいだろう。


 僕はちょっとした事情で、同業者の情報を一時期ひっきりなしに集めていたことがある。メジャーからマイナーまで、プロからアマまで。凡そ、「探偵」と巷間で称されている人物を片っ端から調べてなお、「足利桃子」は現代に最もふさわしい探偵の一人だと、僕は思う。



 彼女の武器は何と言っても支援者フォロワーの数だ。拡散力、影響力、発言力だ。目立つ案件を受ければそれをSNSや生配信で躊躇いなく公開し、視聴者一般から情報やタレコミを集める。他力本願と侮ってはいけない。実際に、タレコミを捌きデマを見極めるのはあくまで彼女自身なのだ。膨大な情報を取捨選択し、無駄をそぎ落とし信憑性を見極め、真偽を確かめる。


 あくまで「推理」するのは彼女自身なのだ。


 彼女の各種SNSアカウントには昼夜を問わず四六時中「事件」が上がってくる。インフルエンサー探偵・足利桃子は事件の山を片っ端から切り崩す。探偵とはあくまで、「事件を解決する存在」であって、調。最近は配信で視聴者も巻き込んで、流れるようにスパチャやコメントを捌きつつ推理を組み立てているというのだから、彼女が真に現代的な推理方法とカリスマ性を確立したのは間違いがない。


 あと、とてもかわいい。有名になるのも当然だろう。悲しきルッキズムの性。


 高学歴のアイドルや元不良の教師、「探偵」も出来る女子高生インフルエンサー。


 つまるところ、人はギャップのあるものに惹かれる。予想や期待を呆気なく裏切られたいのだ。自分の抱えている価値観や思い込みを誰かに覆してほしくて堪らないのだ。   


「さて……誰から起こす? このまま二人で話していても埒が明かない」

 僕は有名人と相対している緊張を気取られないように、

「……そうだね。さっき顔見知りがいるって言ってただろう? その人で良いんじゃないかな」

 さりげなく誘導。

 彼女は無言で頷くと、白い部屋の隅に転がっている女性のところへ足早で向かっていく。


 

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