第2話 はじまり②


 ところで。安楽椅子探偵あんらくいすたんていという単語がある。あの世界一有名な探偵の母国語風に言うと、アームチェア・ディテクティブ。簡単に言うなら、椅子に座って人の話を聞いているだけで事件を解決してしまうような優れた探偵のことを指す。良く見聞きし分かり、そして解決。一部のミステリー小説マニアには「密室」とか「アリバイ」とか「読者への挑戦」とか以上に垂涎すいぜんな単語である。

 探偵になる前から、いや多くの探偵志望者がそうであるように推理小説愛好家であったときから僕は、この単語にほとほと嫌悪を催して仕方がなかった。

 だって想像もしてみて欲しい。

 椅子に座って偉そうにふんぞり返りながら報告者の話を聞いて解決、おいおい現場にいたのにこんな単純なことも分からないのかねぇきみは、なんてやってることが職場の厭味ったらしい上司と何ら変わりがないじゃないか。社会に出たこともないただの学生探偵が言うのもなんだけど。

 しかし。せっかく探偵だなんて浮世離れした職業に就けたというのに、そこでも上下関係。面倒くさいしがらみ。それは少し悲しすぎると思う。僕は助手を取るのも嫌だ。とにかくそれらの煩わしい「普通の社会人」とやらには必須のアレやらコレやらから逃れたくて探偵になったのだ、僕は。多分。


 

 閑話休題。


 しかしより現実としての柵として僕を捉えているのは、強固に括りつけられたロープとがっちりと床に固定された椅子(手狭なラーメン屋なんかでよくある)なわけで、これはもうどうしようもない。非力な僕では逃れる術はない。固定されてなければ間抜けな映画の登場人物みたく横倒しになってこれまた間抜けに「助けてぇ」なんて叫べたのだろうけれど、それすらも叶わない。

 恐らく鉄製のロープは返しでもついているのかというほどに僕の体に食い込んでいて、身を捩ることもできない。推理どころではない。これぞ真の縛りプレイ。いや、まったく笑えん。

 

 安楽椅子探偵ならぬ、の仕上がりだった。

 

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