第8話 ギルド長
「ギルド長」と呼ばれたエルフ族の少女が口を開く。竪琴の旋律のように澄んだ声が、まるで魔法の号令のようにざわめきを一息に鎮めた。
「やあ室長。君の部下から、今日ここで面白いものが見られると聞いたんだが……うん、これは中々に興味深い見世物だったね」
「ギルド長、あの、これはですね――」
「業務上の関係者からの業務外での金銭授与、並びに冒険者全滅事故への虚偽の報告、加えてギルド構成員への不法行為の幇助――これはまた豪勢な職務規定違反のコレクションだね? 残念ながら私は君を解雇し、ギルドに多大なる損害を被らせた旨で告訴しなければならないだろう。実に、実に残念だ」
「ギルド長お待ち下さい! わ、私は全てギルドへの忠誠心から――」
ギルド長はただ右手をかざした。瞬間、糸の切れた人形のように事切れる室長。アズサがぎょっとして尋ねた。
「……殺したんですか?」
「まさか。それよりアズサ君、今回のことは本当にありがとう。私が不甲斐ないばかりに獅子身中の虫を除けず、君個人にも多大な危険を被らせてしまった。いずれ正式な形で責任は取るつもりだけど、まずはこれでケジメを付けよう」
ギルド長は右手の人差し指で左手の小指をそっと撫でた。と、撫でられた断面がぷつりと切り裂かれ、赤い液体があふれる。ぼとりと小指が地に落ちた。
それが彼女の言う「ケジメ」ということらしい。ふっと息を吹きかけると出血が止まる。誰もがその魔力と、それ以上の異常さに言葉を失った。
ただ一人、マズルを除いて。
「てめえ、ギルド長だと? そのギルドは誰の金でもってるかわかってんのか!?」
「無論だよ、マズル坊や。君のお父上は素晴らしい人格者であらせられる……が、ご子息の教育にまで手が回っていないようだ。今度私のほうからよくお話しておこう」
「お、親父にっ……待ってくれ! それだけはヤメてくれ! 頼む! 頼むからっ――」
「衛兵諸君、坊やを寝室に戻して差し上げなさい。どうも錯乱しているようだから」
逆らうものはいなかった。当代当主が懇意にしているこの少女が、情けなくうずくまるマズルよりも力を持つことは明らかだったから。
結局その場には、意識を失ったロカと室長を除き、アズサとムルルラグ、そしてギルド長だけが残された。
そのギルド長も待たせていた馬車に身を躍らせる。
「悪いけど先に戻らせてもらうよ。室長の後任人事が必要だからね。それと報酬の件だが、本当に例の通りでいいのかな?」
「はい、清青鍾洞の最奥部への立ち入り禁止礼、お願いします」
「ま、いいだろう。実際大噛主の被害は多かった、対応しておくよ」
また一人去り、ムルルラグがロカを担ぎ上げる。肩をすくめようとしたが、ロカがずり落ちそうなので諦めたらしい。
「ギルド長ね。俺も初めて拝謁したが、おっかねえ人だな」
「つ……」
「アズサ?」
「疲れたぁあああああああ……」
その場にへたり込むアズサ。全身にどっと冷や汗が吹き出す。ずっと我慢していた緊張、恐怖、不安が今になって一斉に襲ってきたらしかった。
「ありがとうムルルラグ……ギルド長が説得できなかったら私、本当に終わってた……」
「俺は言われた通り伝えただけだがな。セプテントリオンの不可思議な調査結果、大口顧客のご子息の関与、その他諸々……よくまあ調べ上げたもんだぜ」
「調べて、やばい終わったと思った。室長がマズルと懇意にしてるのは知ってたから、絶対握りつぶされると思った。ただでさえ私、謹慎中だったし」
「だからギルド長に直訴ってのは、まあくそ度胸と言うか……しかしおまえ、もしマズルの息が室長だけじゃなくギルド全体にかかってたらどうしてたんだ? ギルド長にも握りつぶされてたら……」
「そしたらもうしかたない」
「しかたないって……その時はあの変態坊っちゃんに飼い殺しにされてたぜ? いいのかよそれで」
「いいわけない……でも、真実が残酷だからって目を背ける訳にいかない。私のポリシー、そういうこと」
「ふうん。うだうだ悩んでたと思ったが、いつの間に立ち直ったんだよ?」
「私はただ知りたかっただけ。私が正しいのか、間違ってるのか」
「じゃあ正しかったんじゃねえか。よかったな」
「そうなのかな? わからない。でも、満足はしてる。やってよかった。後悔してない。うん、少しスッキリした感じ」
「頭の出来が良いと大変だな? 俺はいつでも金と飯のことしか考えてねえからな」
それが一番いいのかもしれない、とアズサは思った。うだうだ考えても結局は生きていかなくてはならないわけだから。
「ところでよ、いい雰囲気に水を指したくねえがこういう話はきっちりとしておかねえとな……」
「なに?」
「わかるだろ? 今回の仕事の報酬についてなんだが……」
「はい、これ」
「マジかよ現金即払い!? って……なんだこれ?」
アズサが差し出した紙切れを、ムルルラグがまじまじと見つめる。
その顔が青くなり、大きな肩ががっくりと落ちた。そして懐からトカゲもといデフォルメされたリザード族のスタンプを取り出して、ぽん、と紙に押し付けた。
「スタンプカード十個の報酬。報酬一回分無料、だよね?」
「いつもご贔屓にしていただきありがとうございます……」
とぼとぼと歩く二人を、暮れゆく夕日がいよいよ大きくなって飲み込もうとしていた。
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