第22話 楽園崩壊の兆し ~わがままアダムくん~
10分間程の休憩を挟み、再び応接室のテーブルへと一同が集まったところで、ルキフェルは静かに話し始めた。
「全員揃っているな。さっそく先ほどの話の続きから始めようか。一応おさらいしておくと、当時の世界に住んでいた亜人種や天人種と、彼らを創造した神々の関係性についてと、そこから人間が創造されるに至った経緯を話したところだったな。」
そう言ってルキフェルが勇者一行の顔を見回すと、大神官の二人は未だぎこちない様子だったものの、とりあえず全員が肯定の意思を示した。その様子を確認したルキフェルはさらに続けた。
「よし。では先刻話した通り、人間が
ルキフェルは一息に淡々と楽園の概要を解説し終えると、今度は声のトーンを少し落として若干不満げな調子でさらに続けた。
「私に言わせれば、味もそっけもない白湯みたいな環境で、到底住みたいとは思えないけど、産まれたての種族で、それも創世神イルの寵愛を受けるべく産まれた特別な種族とあって、楽園の造成に携わった天使達が気負い過ぎて妙な事になったんだろうな。負荷を与えなければ骨は強くならないし、何も考えなければ判断力も育たない。得てして過保護すぎる環境はむしろ子供にとっては害でしかないものだ。そんな環境に置かれ、痛みを知らずに育ったアダムの精神的未熟が、この後いくつもの問題を起こし、結果として楽園の崩壊につながっていくわけだが、アダムの未熟は楽園の環境構築に関わった天使の瑕疵が大きく、ひいてはその命令を下して監督を怠った神の不徳によるところが大きいと言えるな。製造者責任ってやつだ。」
アダムのみならず天使と神をも糾弾するルキフェルの論説に、同調したアザゼルが身を乗り出して言葉を加えた。
「いやまったくその通り。俺もよく部下に対して甘いって言われますけど、〆るところは〆ないと、特に経験の浅い若い野郎は思いあがって増長しますからね。それで痛い目を見るのは、結局は分別を弁えない行動に走った野郎自身ってことにはなりますから、本当にそいつのためを思うなら、身の程をわからせてやるのが親心ってもんでさぁ。」
いちいち言葉選びがイカツイことに目を瞑れば、アザゼルの言うことはそれなりに納得できる内容だったため、話を聞いていた勇者達はどう見てもカタギではないチンピラ堕天使アザゼルを若干見直したのだった。
ちなみに、アザゼルの言葉は自身が経験した過去の失敗と照らし合わせて、身につまされて出た実感のこもったものだった。と言うのも、彼が堕天した理由でもある、人間を観測する天使グレゴリ一派の堕天騒動は、人間との恋に憧れたアザゼルの部下達により引き起こされたものだが、アザゼルは部下達の凶行を止めずに、むしろ部下のおねだりに絆されて手助けするべく一緒になって地上に降りたのだ。その結果、地上には天使と人間の混成児である、すべてを食らい尽くす巨人ネフィリムによる災厄が降りかかり、罪を犯したグレゴリ達は捕縛されて天界のクレイドルに収監され、アザゼルは一人荒野に取り残されたのだった。そんな誰も得をしない惨劇を招いてしまった過去があるので、アザゼルの言葉には厚みがあったのだ。
ところで、やる気なし男の異名を取る堕天使ベリアルは、何もしなくても悠々と暮らせる楽園の環境に普通に惹かれていたが、真っ向からそれを否定するルキフェルやアザゼルの言葉は至極真っ当だったので、これに同調して適当に頷き、喉から出かけた異論は紅茶と共に飲み込んだのだった。ベリアルは事なかれ主義で黙っているだけだが、イケイケのチンピラと姦しい幼女に挟まれてもドンと構えて動じず、多くを語らない美丈夫と言う外面だけを見れば、無駄に大物感を醸し出していた。そんなベリアルの威容に中てられた勇者達は、アザゼルを見直すとともに、そもそもなぜこの場に居るのかも不明な底知れぬ男、ベリアルへの警戒を深めるのだった。
アザゼルは言いたいことだけ言うと再び深く腰を下ろしたので、語り部であるルキフェルに主導権が戻った。
「私の持論はさておき話を続けるぞ。人間の創造と彼らが住まう楽園の構築は、イルの肝入りの企画として、外ならぬイル自らが楽園の造成に携わる天使を指名して差配したから、指名を受けていなかった私は楽園の完成後にはじめて状況を把握したわけだけど、仮に私の管理下で行われる事業なら、草案の時点で差し戻して修正案を求める出来栄えだな。」
傲慢の名を冠する堕天使らしく、最高神たるイルが相手でも遠慮なくズケズケとダメ出しするルキフェルの言説に、こんな話をしていると何かしらの天罰が下るのではないかと、人間達が慄く傍ら、ルキフェルがイルの孫であり、祖父から溺愛されている事を知る友人達は、孫娘から祖父への他愛ない言葉として聞いているため、なんとも思っていないのだった。
人間サイドと友人サイドとの温度差が激しく、少々妙な雰囲気になってしまったが、ルキフェルは気にせずさらに続けた。
「済んだことにとやかく言っても仕方ないから話を戻すが、何もする必要が無い楽園で悠々と暮らすアダムとリリス。そんな二人がやる事と言ったら、まぁ子作りだよね。」
真面目な話から急転直下、突然エロい話にシフトする幼女の変わり身に、その幼い容姿に騙されてルキフェルの実年齢を失念した人間達は困惑の表情を浮かべた。一方、エルフであるゼニスを含めて、寿命を持たない天使や悪魔達は外見に囚われないので、幼女の口から下世話な話が出る事を特に気にしていなかったし、むしろその言説に同意する様な仕草を見せるのだった。
人間と人外との温度差が広がる中、その原因であるルキフェルは特に気にするそぶりも見せず、アスモデウスの隣に座っていたリリスへと向き直り声を掛けた。
「ここからは当事者のリリスに話してもらった方がいいかな。私は伝え聞いただけで、現場にいたわけじゃないからな。」
ルキフェルからのバトンを受け取ったリリスは、例の如く起立して一礼し、再度座り直してから静かに口を開いた。
「謹んで承りましたわ、ルキフェル様。ここからは、私とアダムの性事情に関わる少々下世話な内容になりますが、楽園の崩壊を語る上で外せないひとつの要衝となりますので、お耳汚しのほど失礼いたしますわね。」
少々エッチな話になる旨を前振りしたリリスは、真面目な顔をして犬も食わない夫婦喧嘩について、無駄に丁寧に語り始めるのだった。
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