第18話 堕天使ベリアルの憂鬱(補足が本編)

 アザゼルの近況報告を聞き終えたガブリエルは、黙って状況を見守っていたベリアルとアスモデウス並びにリリス、そしてルキフェルへと順に視線を移し、改めて声を掛けるのだった。

「こうして改めて見ると、名だたる堕天使が揃い踏みしていて、なかなかに壮観だね。あとはマモンが居れば、有翼光輪ウイングヘイロー派の最優先捕縛目標が一通り揃うから、ちょっと惜しかったね。まぁ揃ったからって何かあるわけじゃないけどね。」

 これにルキフェルが応じた。

「元熾天使級の堕天使の捕縛は散々失敗しているくせに、あいつらまだ諦めてなかったのか。私やベリアルを捕まえるのが不可能であることは当然として、マモンとアスモデウスにしても魔王軍に準じる大戦力を抱えているし、アザゼルは取り巻きはともかくとしてアザゼル自身が強い上に、今はマモンと同盟関係にあるからな。天界のごく一部戦力しか投入できない連中では、到底相手にならないと分かりそうなもんだが。」


「まったくその通りっすねぇ。ウリエルにせよサンダルフォンにせよ、あいつら先輩に対する態度ってもんがなっちゃいないんで、次会ったらきっちり〆ときますよ。」

 ルキフェルの言葉をアザゼルが即座に肯定すると、それにアスモデウスとリリス、そしてガブリエルまでもが追従して頷いた。

 ここでただ一人ベリアルだけは、ルキフェルから同格扱いされた事に首を傾げていたのだが、先ほどから空気に徹していたせいもあって、ベリアルの機微は誰にも気づかれないのだった。ベリアルは異常なほど高いルキフェルからの信頼の言葉に、若干憂鬱な表情を浮かべつつも、今まで黙っていたのに、ここにきて急に口を挟むのも憚られたため、諦めて再び空気に徹するのだった。


 堕天使界の相談役と呼ばれ、ルキフェルからは同格の存在と扱われるベリアルであるが、彼自身はそうした評価とはある意味正反対の、やる気が無いだけでまったくもって無害な存在であった。

 ところが、天使の中でも特に影響力のあるルキフェル。そして中級下級天使から絶大な支持を得ているアザゼル。そんな二人がこぞってベリアルを重視し、ことあるごとに話題に出すので、天使達の間ではベリアルこそが堕天使軍団の陰の支配者であり、ルキフェル以下多くの天使が堕天した、天界最大の大事変に際してもベリアルの働きかけがあったのだ、などと、在りもしない噂がまことしやかに囁かれ、実体のない叛逆の堕天使王、いわばイマジナリーベリアルの巨影は無暗やたらと肥大化していたのだった。しかし実際にはベリアル本人は何もしていないので、噂の様な権力は当然ながら持ち合わせていなかった。

 妙な噂が流れて多少迷惑に感じていたベリアルだったが、火の無いところに立つ煙など、すぐに終息して立ち消えるだろうと、ここで楽観視し、特に否定も肯定もせずに噂を放置してしまったのが大きな間違いだった。

 ルキフェルの影響力は思いのほか凄まじく、よもやベリアルが本当に何もしていないとは誰一人として思いもしなかったので、噂と事実との乖離は無理やりに整合性を持たされるに至った。事件の裏で暗躍しながらも一切その痕跡を残さない、比類なき情報統制能力をベリアルが持っているのだと、まるで火のない煙を肯定するために放火するが如き、異常な風聞がまかり通る結果となったのだ。

 こうなってしまっては最早噂を止める事は不可能で、有ること無いこと、もとい、無いない尽くしの何も中身のない噂が氾濫していった。そしてしまいには、何か堕天使関連の事件が起こるたびにベリアルの暗躍が囁かれ、見も知らぬ無関係な罪が自動的に積み重なっていく状態となり、何もしていないのになぜか重罪人扱いを受けて現在に至るのだった。

 強いて挙げれば、天界の仕事を放り出して堕天した事が唯一にして最大のベリアルの罪だが、実際に世界に多大な影響を与えている魔界の実力者達と並んで糾弾される謂れはないのである。


 一応補足しておくと、ベリアルはアザゼル配下の堕天使や悪魔から、兄貴分であるアザゼルのさらに兄貴分、すなわち大兄貴として慕われているので、一部堕天使を支配下に置いているのは事実である。しかしベリアル本人が彼らに対して何かをしているわけではないので、実力と行動を伴って慕われているアザゼルの評判に、期せずして無賃乗車している様な申し訳ない状況である。またこれまでにベリアルが直接彼らに命令を下したことは一度もなく、組織の箔付けに名前だけ貸している著名人と言った立ち位置である。

 さらに補足だが、ベリアルはやる気こそないが、実力的には三大天使の一人ラファエルと並ぶ程の能力を有しており、本気を出したミカエル、ガブリエル、あるいはメタトロンと言った、天界でも最高戦力に数えられる者達が相手でもなければ、天使を相手に後れを取る事はまずない。ゆえに、ルキフェルの評価は若干過大ではあるが、まったくの的外れと言うわけでもなく、逆にベリアルの自己評価が少々低すぎるのである。


―――補足説明 有翼光輪ウイングヘイロー派閥―――

 天界にはいくつかの派閥が存在するが、その一つが太陽の女神サンナを支持する有翼光輪ウイングヘイロー派である。有翼光輪ウイングヘイロー派は、主に人間から後天的に天使に昇天した者達で構成されており、同派閥の所属天使の天使の輪エンジェルヘイローが、一対の翼を生やした形状で統一されている事から命名されている。なお有翼の天使の輪には元となったシンボルが存在している。

 そのシンボルとは、猛禽の翼を生やした小さな太陽の姿を持ち、女神サンナの周囲をフワフワと飛び回る謎の生命体の事で、正式名称を有翼日輪ウイングソールヘイローと言ったが、気ままに飛び回る小動物の様な挙動から、日輪にちりんくんの愛称で親しまれているゆるキャラである。日輪くんの正体は、本来女神サンナの余剰魔力を貯めておくだけの、単なる貯蔵庫で、太陽の女神としてのシンボルとして相応しい形態を与えていたに過ぎなかった。しかし日輪くん自体が人々に親しまれて信仰を集めた結果、自我を持って自律行動する様になってしまい、産み出した当の本人である女神サンナから見ても、意図せずに誕生させてしまった謎の生命体である。太陽の女神のシンボルであるため突然無くなると体裁が悪いことと、言ってみればサンナの体の一部である日輪くんへの信仰はサンナ本体への信仰としてもカウントされることもあって、勝手に動き回る事に若干の不満を抱えつつも放し飼いにしている。


 話が逸れたが、有翼光輪派閥の幹事役は熾天使ウリエルである。改めて解説すると、ウリエルは人間の預言者ウリアが生きたまま昇天した後天的な天使であり、人類最初に天使となった人間でもある。ウリエル以外の有力どころでは、煉獄での浄罪を経て天使となった最初の人間アダムとイヴが所属しているほか、預言者イリヤが昇天した天使である熾天使サンダルフォンも在籍している。軽く紹介しておくと、サンダルフォンは天界の第五階層にある牢獄、クレイドルの看守であり、捕まえた堕天使を幽閉し見張る役割を持っている。ちなみに女性型の天使である。

 なお義人エノクが昇天した天使である熾天使メタトロンは、ウリエル達と同様に元人間ではあるが、中立の立場を表明しており特定の派閥には所属していない。


 参考までに他の有力派閥にも軽く触れておくと、三大天使を頂点と仰ぐ三大天使派。女神アリアの眷属である天使達並びに、三大天使本人やメタトロン等、特定派閥に所属せずに中立を表明している日和見派の二大勢力があり、さらに有翼光輪派と合わせて天界を三分する三大勢力となっている。ただし三大天使達が揃って中立を表明しているため、三大天使派には頭目が存在せず、いまひとつ精彩を欠いている状態だ。また日和見派とは要するに無所属なので、彼らが集まって揃って何かをすることは基本的にはない。ゆえに有力な天使であるウリエルやサンダルフォンを擁する有翼光輪ウイングヘイロー派は、現状では事実上の最大派閥となっている。

 なお、三大天使を含めて熾天使の中でも特に有力な天使達十二人は、創世神イルの御前みまえに立つことを許される事から、御前ごぜん十二天使と呼ばれているが、その十二人のうちウリエルとサンダルフォンを除いた十人は中立の日和見派であるため、数の優位は無いにせよ、実態としては日和見派に天界のほとんどの戦力と、政略的な決定権が集中している。


 余談だがルキフェルが堕天する前の天界は、現在とはまるで違う勢力図となっていた。三大天使を筆頭に、8割がたの天使がルキフェルを支持するルキフェル派で、残り2割は概ね日和見派だったため、他派閥は無いに等しい状態だったのである。

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