第19話 アザゼルとアニマの関係、バイクで繋がる男達の友情

 ガブリエルに対する堕天使達の警戒と緊張感がある程度ほぐれたところで、ルキフェルが両者に声を掛けた。

「さてと、旧交を深めるのもいいけど、そろそろ本題に入ろうか。天使だけの集まりならまだしも、今回は人間の勇者達を待たせているからな。」

 旧知の天使達が久々の邂逅にじゃれ合っている間に、大幅に話が脱線してしまったが、放っておくといつまでも雑談に花を咲かせてしまいそうだったので、彼らを呼び出した張本人であるルキフェルが、ようやく本題に入るために話題の舵を切って軌道修正を図ったのだ。なお、ここで言う本題とは、楽園の崩壊に関わった当事者からの聴取及び事実確認である。


 ルキフェルが仕切り直したところで、家主であるアニマがその場の全員に声を掛けた。

「立ち話もなんだし、ひとまず部屋に入らない?お茶と茶請けくらいは用意するよ。」

 アニマは気やすい口調で語りかけたが、それは集まった天使達がみな知人であるためだ。初対面である勇者達には、多少気を遣って丁寧な応対をしていたが、不法侵入者である勇者達より、知己の友人達の方が客人としての優先度が高いので、そちらに合わせた口調に変化したのである。


 アニマの呼び掛けにルキフェルが応じた。

「そうだな。人間にとっては軽く済ませられる話でもないし、腰を入れてじっくり話そうか。と言うわけだから、お前達も部屋にあがりなよ。」

 まるで自分の家の様に振る舞うルキフェルに促されて一同が移動を開始すると、アニマが大窓からひょいと庭に降りつつ声を掛けた。

「アスモデウスは道順を知っているだろうけど、アザゼルアズくん達はうちの屋敷に入ったことは無かったよね?一応私が案内するね。」

「おう、よろしくなーお嬢。」

 アザゼルがこれに応じると、アニマは頷き、客人を先導して屋敷の正面玄関へと向かった。

 寝ぼけたままの状態で、既に大窓から室内へと招き入れられていたガブリエルは、再度窓から外に出て改めて入場するのもおかしな話なのでそのまま室内で待機していたが、他の面々は屋敷の正面玄関から正式に入館し、改めて応接室へと案内されたのだった。


 さて、これまでの言動からすると上下関係に厳しいアザゼルが、大きく年の離れたアニマに気やすい口を利かれて平然と受け答えする事に違和感を覚えるだろうが、これにはもちろん訳がある。

 不良少年のようなチンピラ達が集まってできた愚連隊のボスであるアザゼルから見て、アニマの父ソフィアこと悪魔王サタンは、悪辣な大悪魔を数多く従えて、裏社会でも特段にヤバイシノギを生業とする魔界屈指のマフィアの大頭目であり、アニマはその大ボスのご令嬢と言う立場になる。曲がりなりにも同業であるアザゼルは、サタンから依頼を受けて仕事をこなすこともあるため、得意先の令嬢と言うことでアニマとは対等な友人関係を結んでいるのだ。


―――補足説明 サタンとアザゼルの繋がりとオートバイ―――

 サタンの麾下には兵器開発を担当する火焔の悪魔グザファンと言う者が居る。彼は主に火薬や燃料を扱う兵器の開発を行っており、関連技術として機械工学にも精通している。その一環で兵器を搭載して悪路をものともせず高速で駆け抜ける移動手段の候補で、大型二輪装甲戦車が設計・試作された。しかし空を飛べる悪魔には悪路など無関係であり、地面を駆ける移動手段がそもそも不要であると、作る前に分かりそうな初歩的な理由で生産計画が棄却され、オートバイは日の目を見ることなく倉庫の奥に死蔵される事となったのだった。

 これを倉庫整理の短期バイトで呼ばれたアザゼルと、その部下達が偶然目にしたところ、兵器然とした武骨なフォルムと、フルメタルの重厚な質量感に一目惚れし、即日グザファンとサタンに買い取りを申し入れたのだった。元々死蔵品であることと、何かしらに転用しても然程役には立たないだろうという判断から、はたしてその申し入れはすぐに許可された。

 爆音を上げて猛スピードで滑る様に地面を駆けるバイク特有の感覚は、社会のつまはじきにあった若者達の鬱屈した感情を吹き飛ばす爽快感が有り、また共に堕天した部下であるグレゴリ達が捕まり多少気分が沈んでいた当時のアザゼルにもこれが刺さったので、彼らの中でたちまちバイクは大人気の娯楽となった。そしてその需要は一台だけでは到底まかないきれなかったので、グザファンに追加発注を掛けるのにそう長い時間を要さなかった事は言うまでもないだろう。


 こうしてアザゼルとグザファンの間にはバイクを通じてパイプができたのだが、ある日アザゼルがバイクの定期メンテナンスのために武器庫を訪れた際に、その部下達が嬉々としてバイクを乗り回す様子を見たグザファンに一筋の光明が差す。大悪魔達からは不要と一蹴されたバイクであるが、魔力量に乏しく、飛行能力も低いであろう中級以下の堕天使や悪魔で構成されたアザゼルの配下には、十分に有用な兵器であると実際に使用される様子を見て気が付いたのだ。長きにわたりハイレベルな悪魔達に合わせて超兵器の開発を行ってきたグザファンは、同時に数多くの要件を満たさない失敗作を生み出してきたが、それら死蔵品にも価値があるのではないかと、これまでの価値観を一変する衝撃を受けたのである。若干失礼ながら低レベルな相手と付き合う機会が無かったグザファンは、彼らとの出会いを通じて、はじめてそれに気づかされたのだった。

 その後グザファンの発見はサタンにも共有され、いくらかの議論を経てひとまず仮の方策が決定された。それは失敗作とされてきた半端な威力の兵器群を、アザゼルの配下達向けに払い下げることであった。

 有力な堕天使であるアザゼルに恩を売るとともに、元々軽い仕事を任せていた下請け組織をコストなしで強化することができ、さらには今まで無駄になった分の開発費が回収できるとなれば、サタン側にデメリットは何もない上、払い下げた兵器のメンテナンス及び追加発注に関してはグザファンの助けが不可欠であり、そもそもサタン達の様な高位悪魔から見れば玩具の如き失敗兵器で叛逆を企てられても痛くもかゆくもないので、裏切りの心配もない。まさに全方よし(サタン視点)の一大事業がここに産まれたのであった。


 そんなこんなで、サタンとアザゼル、ついでにグザファンは、共に良好な関係を結ぶ仕事上の、ひいては趣味の分野においても互恵関係にある重要なパートナーなのである。

―――

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