第17話 ガブリエルとアザゼルの微妙な関係

 我の強い熾天使セラフィム級の堕天使達が一堂に会した事により、軽度な衝突を生じて混沌としていた場の空気だったが、リリスの介入によりようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


 しかしそこで、勇者達の陰に隠れて計らずも堕天使達の視界から隠れていたガブリエルがひょいと身を乗り出し、集った堕天使達に声を掛けたため事態は一転、再び静かな庭園に緊張が走るのだった。

「やぁ諸君。相変わらず元気そうで何よりだね。アスモデウスはそうでもないけど、ベリアルとアザゼルに会うのはかなり久しぶりになるかな。」

 思いがけず大物がひょっこりと出てきたので、さしもの堕天使達もたじろぎ、まるで化け物でも見たように一瞬硬直した。先に述べた通りガブリエルは天使を裁く特権を神から委任された執行官なので、神の意向に叛逆し堕天した者達からしてみれば、犯罪者に対する警察の様な存在である。


 ガブリエルはルキフェルと良好な友人関係である事からも分かる通り、堕天使だからと言って誰彼構わず審判に掛ける様な無体を働くことはないのだが、脛に傷を持つ堕天使達はガブリエルに少なからず苦手意識を持っているのだ。ちなみにガブリエルの実力は先述の通りで、創世神イルの妹にして伴侶でもある女神、アーシラトとほぼ同等である。神さえも凌駕するルキフェルには劣るものの、天使としては傑出しており、その気になればベリアル、アザゼル、アスモデウスの三人を同時に相手取ってなお、若干優位に立てるくらいの桁外れの戦闘力を持っている。


 気配を殺して無に徹していたベリアルと、冷静さを取り戻したアスモデウスが無言でガブリエルと対峙する中で、口さがないアザゼルはガブリエルの登場に大袈裟に驚き声をあげた。

「げぇっ!ガブ姐さん!……あっ、しまった。」

 アザゼルは執行官としてのガブリエルはもちろんのこと、捉えどころのないフワフワした彼女の性格もまた苦手だったので、思わず忌避感丸出しの悲鳴を上げてしまったのだった。

 しかし、その態度は目上の者に対してあまりにも礼を失していたため、慌てて表情を取り繕い、続く弁明の言葉を紡いだ。

「ご無沙汰していますガブ姐さん。本日はお日柄もよく、絶好の昼寝日和っすね。それにしても、こんな早朝から起きているなんて珍し……あー、別に普段が寝坊すけだ、とか言いたいわけじゃないんすがね。いやー、それにしても、相変わらず若くていらっしゃる。赤ちゃんみたいな玉の肌で羨ましいっすねぇ。よっ!幼女天使。」

 悲鳴の失態分を踏み倒さんとする勢いで、矢継ぎ早にガブリエルを褒めそやしたアザゼルだったが、生来の軽薄な態度と破滅的に無礼な言葉選びのせいで、客観的に見ると褒めているのか煽っているのか紙一重な物言いであった。それはガブリエルに対して心にもない嘘を並べ立てれば即座に看破されてしまうためで、苦肉の策として編み出された彼なりの処世術なのだが、アザゼルが本心から思っている中で、比較的マシな褒め言葉を選んだにもかかわらず、惨憺たる結果を招いたのだった。弁明を重ねるほどに墓穴を深く掘り抜き、勝手に窮地に追い込まれるアザゼルなのであった。

 ほとんどアザゼルの自業自得とは言え、ガブリエルの普段の言動やその容姿が、若干褒めづらい物である事も煽りの様な文言になってしまった一因なので、情状酌量の余地はあるだろう。

 

 なお、ガブリエルは悲鳴の件にしても、妙ちくりんなご機嫌取りの態度にしても、まるで気にしていなかったので、それに対して特に反応することもなく、マイペースに彼女の話したい話を続けるのだった。

「それで、アザゼル。あんた今は何をしてるんだい?グレゴリ達が捕まって、地上に残る理由もないだろうし、暇なら天界に帰ってきてもいいんだよ?ラファエルとウリエルはあまりいい顔しないだろうけどね。」

 イルの眷属であるアザゼルは、女神アーシラトの妹分であるガブリエルから見て、従姉弟であり、また甥っ子の様な存在でもあるので、たまにしか会わない親戚のおばちゃんのノリで、お節介を焼いて素行の悪い親戚の子の近況報告を求めたのである。

 アザゼルはガブリエルの反応から、彼女の機嫌を害していない事を確認すると、少し落ち着きを取り戻して質問に応えた。

「俺の方はボチボチやってるんで、天界に戻るつもりはないっすよ。最近は西の魔王なんて呼ばれていて、ちょっとした領地を運営してますからね。領地って言ってもほとんど荒野でなんもない田舎っすけどね。最初は他の領地に馴染めず逃げ出した様な、外れものの堕天使やら悪魔が集まって、単車乗り回したり、集会したりしていただけの、ちんけな愚連隊の吹き溜まり場だったんすけど、噂を聞いて集まった連中をまとめていたら規模が大きくなって、魔界の一派閥に数えられる様になった感じっすね。落ちこぼれの集まりなんで質は悪いし、頭も柄も悪いっすけど、気のいい連中なんで気楽にやってますよ。」

 アザゼルは生意気な若輩に厳しい一方で、彼を頼り慕ってくる部下に対しては甘く、とことん可愛がるガキ大将気質であった。また天界において熾天使を務めていた実力は本物で、そこらの中級以下の堕天使や爵位無しの悪魔程度では相手にならない腕っぷしを持っているため、精神性や統治能力以上に、腕力を重んじる悪魔達からも一目置かれていた。

 困っている部下には優しく接し、一方で反抗的な部下は手ずから〆るアザゼルの気質は、ならず者の集まりを統治する上での、飴と鞭のバランス感覚に優れており、まともな領地に馴染めなかった者達にとっては、頼りになる上に男前で、困っていれば相談に乗ってくれる理想の兄貴分なのだった。


 アザゼルの報告は、不良を集めて悪さしているだけの様にも受け取れたが、ガブリエルは彼の人となりを理解していたので、話の途中で余計な口は挟まずに、適宜相槌を打ちつつも黙って聞いていた。

 ガブリエルの反応から、悪い印象は与えていない手応えを感じたアザゼルはさらに続けた。

「少し前の話になりますが、マモンの方から提案があって、あいつの商会と関連店舗の警備業務に人員を斡旋する事業を興して提携したんすよ。うちの連中は数だけは多いし、俺が言うのもなんですが強面で威圧感があるんで、ネズミ避けとして置いとくだけでもそれなりに機能するんすよね。それで資金面に余裕ができたもんで、溜まり場を整備して利便性を上げて、折角だから警備会社の事務所を立ち上げて、余った資金で従業員の社宅なんかも作っちゃったりして。ってな具合で、少しずつ荒野を開拓していたら、いつの間にか町ができてたって感じっすね。マモンに上手く利用されてる気もするんすけど、まぁ貰うもんは貰ってるし、うちの馬鹿どもを食わせていくにも、定期収入があるのは都合がいいんですがね。」

 そう話すアザゼルは終始にこやかであり、愚痴っぽく文句を言いながらも、案外充実した生活を送っている事が窺えた。

「上手くやってるならそれでいいけど、今でもあんたを慕ってる連中は居るんだから、気が向いたら天界にも顔を出しなさいよ。」

 アザゼルが存外まともに働いていると知ったガブリエルは、アザゼルの元部下が彼に会いたがっている旨を伝えるに留めて、それ以上の追及はしないのだった。

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