第16話 魔王城に集う堕天使達、ついでにリリスも参上

 ウリエルの画策に加担し、勇者一行を魔王城襲撃へと誘導していた事が露見した大神官の二人は、意図せずガブリエルの怒りを招いてしまった。その怒りの矛先は大神官達の背後に居るウリエルへと向けられた物だが、ガブリエルが放つ強大な神気オーラは人の身には余る代物であり、大神官達はその神気の余波に中てられて、蛇に睨まれた蛙の様に固まってしまうのだった。

 ガブリエルはすぐに怒りを収めたため戦いの天使としての苛烈な一面は形を潜めて、暇を持て余したお気楽な幼女に戻っていたのだが、一方で大神官達はすっかり意気消沈してしょぼくれてしまったので、大の男二人が幼女に泣かされた様な奇妙な絵面となり、場の空気はすっかり死んでいた。

 勇者達は大神官達の企てに関してはまったくの寝耳に水であったため、二人から詳しく事情を聞きたいところだったが、神気に中てられた二人は到底話を聞ける様子ではなかったので、傍観していたアニマとルキフェルと並んでひとまず様子見に徹するのだった。


 しばし気まずい静寂が流れていた中、突如として冷え切った場の空気をぶち壊す、猛烈な爆音が閑静な庭園の方角から鳴り響いた。その破裂音とも言えるけたたましい騒音の正体は、堕天使アザゼルが駆る黒鉄くろがね自動二輪駆動機械馬オートバイ嘶きエキゾーストであった。ルキフェルの招集を受けたアザゼルは愛車の改造単車にまたがり、サイドカーには堕天使ベリアルを相乗りさせて、一路魔王城へと、まるでカチコミの如き様相で乗り入れてきたのである。

 アザゼルはアニマと共にいるルキフェルの姿を認めると、応接室の窓際のすぐそばにバイクを幅寄せして停車した。そしてひょいと身軽にバイクから飛び降りると、すぐさまルキフェルに挨拶したのだった。

「遅くなってすんません、ルキさん。いやー、ベリアルベーさんまさかのうんこで、思いのほか時間食っちゃいましたよ。それで今日はどこにブッコみ掛けるんです?」

 開口一番に下ネタをかましたアザゼルは、同道してきたベリアルと揃って、およそ天使とは思えないファンキーな風体をしていた。そして妙に軽い口調とそれに反して不穏な言動とが相まって、アザゼルは三下のチンピラ子分感が強く、対照的に黙っていたベリアルは、後ろでどっしり構えた兄貴分と言った風情をかもしており、二人合わせると相乗効果で柄の悪さが倍増していた。

 無駄にギラギラと勢いづくアザゼルをよそに、ルキフェルは真顔でこれに応じた。

「何の話だ?お前達を呼んだのは、楽園崩壊に関する話を聞こうと思っただけだぞ。」

 ルキフェルとアザゼルは互いの認識の乖離が激しかったため、どうしてそうなったのかと双方首を傾げた。そしてアザゼルに誘われて、ただ付いてきただけのベリアルもまた、二人以上に何もわかっていないので、とりあえず黙っていた。


 さて、先般アザゼルはルキフェルの呼び出しの際に、用件を一切聞かなかったので、何も事情を理解しておらず、勝手に敵対組織との抗争を想定したわけであるが、堕天使界の重鎮にしてご意見番であるベリアルを筆頭に、特攻隊長のアザゼル、性的な意味で夜の帝王なアスモデウスと言う、堕天使の中でも特に有力な武闘派面子が、外ならぬ魔界の皇帝とも呼ばれるルキフェルによって招集されたので、何かしらの武力抗争のための招集であるとアザゼルが勘違いしたのも無理からぬ話である。ただ、通信の際に用件を聞いていれば起きなかったすれ違いではあるので、やはりアザゼルの過失の度合いは大なりであった。


 急に現れた柄の悪い二人の男に、普通であれば忌避感を示すところだが、思いがけず微妙な空気を壊してくれた形になったので、アザゼルたちの奇行は勇者一行にしてみれば救いの一手となっていた。憔悴していた大神官の二人も、堕天使達のその場の勢いとノリだけで動いている生き様に圧倒されて、落ち込んでいる場合ではなくなったのである。


 堕天使の三人が揃って首を傾げて頭に疑問符を浮かべていると、アザゼルから遅れる事数分のタイミングで、今度は堕天使アスモデウスが高空から猛スピードで飛来したのだった。

「久しぶりだなルキフェル。そしてアザゼル。なんだ、ベリアルまで居るのか。まるで天界にでも攻め込まんとする顔ぶれだな。」

 そう言いながら空から舞い降りたアスモデウスは、黒を基調とした軍服の様な正装で身を固めており、ラフなチンピラコンビのアザゼル・ベリアルとは打って変わって、広大な領地を支配する大領主らしい威厳を放っていた。

 また、その傍らには美しい女悪魔の存在があった。アスモデウスが侍らせている魅惑の女淫魔サキュバス。その正体はアスモデウスの妻、リリスであった。


―――補足説明 リリス―――

 リリスとは神が人間を創造した際に作られた最初の女であり、最初の男アダムの一人目の伴侶である。性的な意味での価値観の相違によってアダムと喧嘩別れしたリリスは、楽園を去った後に自身を悪魔へと変貌させる魔術的儀式を行い魔界に下った。そして各地の有力な悪魔達に取り入りながら暗躍していたが、紆余曲折を経て当時はまだ天界の天使であったサマエルことアスモデウスの庇護を受け、事実上の妻となる形で落ち着いたのである。

―――


 アスモデウスの物理的に上から目線な態度に、先ほどまでは平身低頭な下っ端ムーブをしていたアザゼルが怒りをあらわにして噛みついた。

「おいコラ、相変わらず態度がでけぇなアスモデウス。俺はともかく、ルキさんとベーさんにはさんを付けろよテメェ。」

 あからさまに喧嘩腰のアザゼルに、アスモデウスは冷静かつ横柄な態度を崩さずに応えた。

「貴様こそ相変わらずだな、アザゼルよ。元より俺は死の女神アリアの眷属たる天使だ。イルの眷属たるルキフェル麾下の天使であるお前達に、礼を払う必要はないだろうに、うるさい奴だ。」

 アスモデウスの言葉は事実であり、互いに別の神を長に持つ両者は対等な関係であり、そこに上下関係は存在しないため、アスモデウスがルキフェル並びにベリアルにかしずく理由はない。しかしながら、はじまりの天使であるルキフェルと、その同輩たるベリアルは、陣営を問わず天使にとっては特別な存在であるのもまた事実なので、アザゼルの一方的な言いがかりとも言い切れず、両者の主張は長きに渡って続いている結論の出ない平行線の議論であった。


 二人の堕天使がいがみ合うのを脇目に、今度はリリスがルキフェルに声を掛けた。

「ご機嫌麗しゅうございますルキフェル様。聞けば楽園の崩壊に関する話を当事者から聴取したいとのことでしたから、僭越ながら当事者の一人としてまかり越しました。夫ともども、何なりとお聞きくださいな。」

 ルキフェルは本来言葉遣いや態度と言った細かいことは気にしないのだが、リリスの思惑に乗ってその申し出を受け入れた。

「ああ、よろしくな。」

 アスモデウスとは打って変わって、上位者たるルキフェルを立てるリリスの申し出を、外ならぬルキフェル本人が受け入れたことで、アザゼルは怒りの矛を収めざるを得ない状況に追い込まれ、渋々引き下がった。

 数多の悪魔に取り入って地位を築いてきたリリスは、本心はどうあれ有力者におもねる技術が高く、また空気読みの達人だったので、領主としての立場柄示威を表する必要がある夫アスモデウスに代わって、場を収める内助の功を示したのである。


 ところで、相変わらず何も喋らないベリアルだが、会話の節々から今回の会合の意図をそれとなく把握していたので、自分にはなんら関係ない用事であると改めて理解し、あえて気配を殺して黙っているのだった。

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