第14話 ルキフェルの招集 ―楽園崩壊の真実を知る三天使アザゼル・サマエル・ガブリエル、それと特に関係ないベリアルを添えて―

 勇者ブレイズが質問しルキフェルが語る対談の中で、堕天使グレゴリが人間にもたらす害に関する話に触れた折、人間が持つ原罪とそれによって生じた復讐の天使ネフィリムに話が及んだ。しかしながら勇者ブレイズは、原罪や復讐と言った神話にまつわる単語が急に出てきた事に違和感を覚えたため、発言者たるルキフェルに真意を問うのだった。人間に広く信じられている女神の、その言葉を集めた聖典の記述において、ネフィリムとは禁忌の巨人と記される存在であり、異種族である天使と人間との交配によって生じる、遺伝的障害に関しての教えであると、ブレイズ並びに多くの人間達はそう理解していたのである。

 原罪やネフィリムについても解説してくれるというルキフェルの提案を受けたブレイズは、女神によって秘匿された真相を知るために、詳しい話を聞くことにしたのだった。


 ルキフェルは本題に入る前にブレイズに問いかけた。

「さて、私はシャプシュの聖典なんて読む気無いから、詳しい内容までは知らないけど、お前の口ぶりからして一応原罪は知っているんだよな?」

 これにブレイズが答える。 

「はい。原罪とは、人類の始祖が楽園エデンより追放された原因であると、そのように理解しています。サタンに唆されて禁忌の知恵の実を食べたことで神の怒りに触れたと、要約するとそのような話だったかと。」

 ブレイズが答えるとルキフェルが応じる。

「ほうほう。部分的に事実が混じっているけど、概ね間違っているな。察するに人間に都合の悪い部分をサタンのせいにしたって所か。シャプシュはサタンを毛嫌いしているから、あいつの作った聖典の記述と考えれば然もありなん、だな。よくよく使い古された手だが、非難の矛先を挿げ替えるスケープゴートってやつか。姑息な手だが勇者お前の様子を見るに、効果は大なりって感じだな。」

 この時、ルキフェルの言葉を聞いた二人の神官がわずかに動揺を示したが、一瞬忌避感を示して顔が強張ったという程度の些細な表情の変化だったため、勇者パーティの面々はそれに気づいていなかった。しかしルキフェル並びにアニマは神官達の纏う魔力が乱れたことを察知していたので、彼らがルキフェルの話に嫌悪感を抱いていることを、特に言葉を交わさずとも把握したのだった。

 ルキフェルは何か言いたげな神官達に視線を送ったが、ふいっと目を逸らされてしまったので、再びブレイズに向き直り話を続けた。

「サタンは智慧の悪魔バフォメットとして顕現することもあるが、その頭部は山羊だから、それにあやかって身代わりの山羊スケープゴートに使われるなんて話もあるし、サタンの悪名が実情以上に過大に広まった要因の一つだな。原罪には身代わりの山羊スケープゴートの由来であるアザゼルが関わっているから、事実を織り交ぜて信ぴょう性を増す意味合いもあるのかもしれないが、シャプシュの考えはちょっと軸がズレてるからあまり考察しても時間の無駄かな。」

 ルキフェルは何やら一人で納得している様子であったが、彼女の言うところの原罪に関する事実を知らないブレイズには話が見えてこなかったので、シャプシュの聖典に虚偽の記載が含まれている事だけをひとまず再確認したのだった。そして再び語り始めたルキフェルの言葉に耳を傾けた。

「原罪についてある程度理解しているなら要点だけ話そうと思っていたんだけど、シャプシュがどのくらい嘘を混ぜているのかよくわからないし、ちょっと長くなるけど最初から話すとするか。当時の楽園エデンでの出来事はほぼ全部知っているんだけど、折角だから当事者から話を聞いた方がいいかな。と言うわけで、アザゼルとサマエルを呼ぶぞ。ベリアルは……あまり関係ないからいいか。」

 そう言うとルキフェルは翼を広げて、何もない中空に向って話し始めた。対象者を限定した遠隔通信の魔法を展開し、アザゼルとサマエルの呼び出しコーリングを始めたのである。ところで急に出てきたサマエルとは何者かと言うと、魔界の七大公であるアスモデウスが天界で熾天使セラフィムをしていた時の別名である。さらに補足だがベリアルとはルキフェルと並び最も古い天使の一人で、史上最初に堕天した堕天使界隈の重鎮である。


―――補足説明 ベリアル―――

 堕天使ベリアルははじまりの天使であるルキフェルと同時期に産まれた天使で、ルキフェルが明けの明星神シャヘルの子供であるのに対して、ベリアルはシャヘルの弟神である宵の明星神シャレムの子供であり、二人は従姉弟の関係に当たる。ちなみに両者とも両性具有であるため、外見上の特徴は女と男の様だが、実態としては彼らに性別は無い。

 ちょっとないくらいの美形青年で、天界に居た頃はルキフェルと並び最も美しい天使と称されていたベリアルだが、あらゆる仕事を一人でこなすルキフェルとは対照的に、何もしない、やる気なし男だったので、早々に退屈な天界から出奔して地上へと降りた最初の堕天使である。


 ルキフェルが光の天使・曙の天使と呼ばれるのに対し、ベリアルは闇の天使・宵の天使と呼ばれる。また、ほとんど同じ出自を持つ両者の実力は、産まれた時点ではほぼ同等であったが、なんでも全力投球のルキフェルとは逆に、ベリアルはあらゆることがいい加減でやる気が無いため、何をやらせてもルキフェルの方が上で、成長と共に実力には開きができている。何かと正反対で二律背反な二人だが、意外にも両者の関係は極めて良好で、姉弟の様に育った仲良しの幼馴染である。

 なおルキフェルは自分より強い男しか認めないため、神をも超える力を持ち、名実とも世界最強である彼女から見れば、ベリアルに限らず世界中の男達が恋愛対象外である。

―――


「あーあー、アザゼル、サマエル聞こえるか?今魔王城なんだけどさ、ちょっと話が聞きたいからすぐ来れないか?」

 ルキフェルが後輩を呼び出す先輩のノリで語りかけると、やはり何もない虚空から一時の間を置かずに返答があった。

「うっす、ルキさん。ご無沙汰してます。秒で支度してすぐ行きます、って言いたいところなんすけど、すんません、今うちにベリアルベーさん来てるんで、一回ナシ通さないといけないんすよね。ルキさんの招集ならベーさんも何も言わないとは思いますけど、べーさん今便所で席外してるんで、戻ってくるまで待っててもらっていいっすか?」

 その声はガラの悪い若い男の特徴をしており、しかして乱暴な口調とは裏腹にルキフェルに対しては妙に低姿勢であった。

「おう、急で悪かったな。ベリアルも居るならついでだから一緒に来たらいいよ。あいつには特に関係ない話だけど、一応堕天使の重鎮だしな。」

 ルキフェルがそう答えると、アザゼルはさらに続けた。

「了解です。じゃあ便所からベーさん戻り次第すぐ行くんで、よろしくお願いします。」

 そう言うとアザゼルからの通信は途絶えた。アザゼルはルキフェルが何用でもって彼を呼び出したのかを一切聞かなかったが、それは先輩の命令に差し出口を挟まないのが彼の信条であるためだ。


―――補足説明 アザゼルの信条―――

 アザゼルは堕天する以前は熾天使セラフィムの地位にあり、中級上位天使である主天使ドミニオン達の長官をしていたのだが、主天使ドミニオンとは中級以下の天使を取りまとめる管理職であり、すなわちその長官であるアザゼルはすべての中級下級天使にとって一番身近な熾天使セラフィムであったと言える。そんな役柄もあって、アザゼルは上下関係に異様に厳しく、目下の者を厳しく律する一方で、目上の者を敬うことを何よりの信条としているのだ。

―――


 アザゼルの通信が途絶えてから数十秒ののち、再び中空から声が響いてきた。

「そろそろよいか?こちらアスモデウスだ。わざわざ聖名みなで呼び出すとは、何の用だルキフェル?」

 その声の主はサマエルことアスモデウスであった。その声質は若い男の様であったが、老成した紳士然とした口振りは、あからさまなチンピラだったアザゼルとは対照的に落ち着いていた。ちなみに彼がルキフェルの呼び掛けに、あえてタイミングを遅らせて応答したのは、アザゼルが即座に応答することを見越していたからである。

 アスモデウスの問いかけにルキフェルが答えた。

「サマエルに用があるってのはまぁ他でもない、楽園エデン崩壊に関する話だ。今魔王城に人間の勇者が来てるんだけど、どうも間違った話が伝わってるらしいから、当時の話をしてやろうと思ってな。私が全部話してやってもいいけど、どうせなら当事者であるお前達から何が起きたのか聞いた方がいいだろ?」

 ルキフェルの返答を聞いた虚空の声は、しばしの沈黙の後に再び語りだした。

「なるほど。事情は分かった。モレクを倒したという勇者の話はマモンから聞いているが、個人的にも多少気にはなっていたところだ。少々支度に時間を要するが、すぐにそちらに向かおう。」

 そう言うとアスモデウスの通信は途絶えた。


 通信魔法を終えたルキフェルは翼を畳むと再び口を開いた。

「よし。堕天使側の当事者はこれでいいな。次は天使の方の当事者だけど、アダムとイブはまぁ呼んでも来ないだろうから置いとくとして、いろんな意味で関係者だからガブリエルでも呼ぶか。」

 そう言うとルキフェルは再び翼を広げ、何もない空中に向かって呼び掛けた。

「おーい、ガブ聞こえるか?」

 ルキフェルの呼び掛けから十数秒の間をおいて、先ほどまでのむさいおっさん達の声とは一転して、今度はうら若い乙女の声で応答があった。

「うーん?この魔力はルキフェルか。何か用?」

 ガブリエルと思しき女性の声は、いかにも寝起きと言った様子で、気だるげな声色で聞き返したのだった。

 これにルキフェルが応じる。

「私は今魔王城で、人間の勇者に魔界やら堕天使について教えていたんだけど、ネフィリムやら原罪について人間達は勘違いしている様だから、その辺の話をしてやろうとしていたところなんだ。どうせなら当事者に話を聞こうと思って、アザゼルとサマエルを呼び出したけど、あいつらアダムが嫌いだからな。私的な感情が混じって偏った話になるとよくないし、中立な目線を持っていて、かつ当時をよく知る天使ってことでガブに声を掛けたんだよ。今から魔王城まで来てくれないか?レヴィアタンは休閑期だし、ペオルは相変わらずだから、どうせ暇だろ。」

 ルキフェルはこれまでのあらましを語り、ガブリエルに召喚要請を伝えた。

「え?うん、まぁ、そうだね。じゃあ、ちょっとお邪魔しようかな。」

 ガブリエルはそう言うと、早々にルキフェルの通信を切ったのだった。


―――補足説明 レヴィアタンの休閑期とペオル―――

 ガブリエルはミカエル、ラファエルと共に三大天使と並び称される、天界でも一、二を争う実力者である。そんな彼女には魔界の七大公である怠惰のベルフェゴールこと、ペオル山の主バアル・ペオルを監視し、彼が何か事を起こした際には対処する役目が課せられている。

 また、同じく魔界の七大公である嫉妬のレヴィアタンは、定期的に猛り狂い大海嘯だいかいしょうを起こす厄介な魔獣であり、その被害は甚大であるため有力な天使は軒並み召集されて、被害を最小限に抑えるために動くのだが、中でもガブリエルは重要な役割を果たしている。月と水を司る天使であるガブリエルは、水を操る権能と月の引斥力によって、大海嘯を緩和する力を持つため、レヴィアタンの暴走が起きた際には先頭に立ってこれに対処するのである。

 天界の最高戦力の一人として、二つの重要な役割を持つガブリエルであるが、怠惰のベルフェゴールは支配領域ペオル山に引きこもっており、長い歴史の中でも事件を起こしたことは一切ないため、こちらの役割は名目上存在するだけで、ベルフェゴールを牽制する意味でたまに話し合いの場が設けられてはいるが、実質的には何もする必要が無い。またレヴィアタンの暴走に関しても一度起きれば数千年単位で何も起きない期間、ルキフェルの言うところの休閑期が訪れるため、戦いの天使としてのガブリエルは基本的に暇なのである。

―――


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