第7話 精霊魔法の奥義・連鎖召喚
前衛の勇者を除いた4人が連携して攻撃を繰り返し、勇者が聖剣を打ち込む隙をどうにか作ろうと奮闘しているさなか、アニマからはすっかり放置されていた後衛では、魔法使いの2人がようやく長い詠唱を終えようとしていた。
さて、戦いもいよいよ本番と言ったところだが、少し脇道に逸れて勇者パーティのイカレタメンバーを紹介しよう。勇者パーティの構成は前述のとおり勇者を筆頭とし、年長の老騎士、熟達した壮年の剣士とその子分である少し若い剣士と
師匠の魔法使いは名をゼニスと言い、丸眼鏡を掛けて厳かなローブを身に纏い、荘厳な魔力を放つ宝石が杖先に番えられた大きな魔法の杖を持ち、いかにも魔法使いな風貌をしていた。彼女は20歳くらいの若い外見をしていたが、それとは裏腹に人間界でその名を知られる様になってから少なくとも数百年は活動しており、勇者パーティ内でも抜きんでて年長の、人々が呼ぶところの人間界最強の大魔法使いである。普通に考えれば数百年も生きている彼女は明らかに人間ではないのだが、魔法使い界隈では強力な魔力を持つ者は老化を抑えて若い外見を保つことができると、ある種信仰の様に信じられており、実態はどうあれゼニスはそんな与太話ともつかない魔力信仰に信憑性を持たせている生き証人の1人なのである。彼女は勇者パーティに参加するより以前から人間界最強の魔法使いとして広く知られた人物で、その実力を買われて勇者パーティに鳴り物入りで参加した経緯を持つ。ちなみにゼニスと言う名前は本名ではないが、彼女が魔法使いの頂点として長く君臨していた事から、いつしか魔法言語において頂点・到達点と言う意味を持つ《ゼニス》と言う仮名で呼ばれるようになり、さらに長い時を経てそのまま個人名として定着した呼称である。魔法使いとは元来秘密主義であり、出自の明らかでない者、本名を秘匿する者は珍しく無い。
弟子の方は名をオルファニスと言ったが、元々孤児であったところをゼニスに拾われたため彼女自身ですら本当の名前は知らず、オルファニスと言う名はゼニスによって与えられた魔法使いとしての偽名である。ちなみにその由来は
余談はこのくらいにして、アニマと勇者パーティの戦いに話を戻そう。
長い詠唱を終えた魔法使いの2人の内、眼鏡の方の魔法使いゼニスは杖を掲げると、声高らかに魔法の発動を宣言した。
「
すると掲げた杖の先端に周囲の空気が収束していき、渦巻く風の小さな球体が発生した。次いで彼女がその杖を地面に突き立てると、地面には白い光の線で描かれた魔法陣が浮かび上がった。さらに続けて彼女が魔法陣へと杖を向けると、杖に纏わせていた風の球体が魔法陣の中央へと移動し、白色光を放っていた陣は緑色に変化した。すると魔法陣の中央からはひときわ強い風が巻き起こり、その中から小さな影が飛び出して来たのだった。
「呼ばれて飛び出てズバババーン。シルフ見参!」
珍妙な掛け声とともに強烈な風を周囲に放ちながら現れたのは、身長1m程の小さな少年だった。逆巻く風に乗って宙に浮かぶその少年の正体は、風の大精霊シルフである。
召喚された直後で状況が読めずきょろきょろしていたシルフにゼニスが声を掛けた。
「早速だけど四大精霊全員を連鎖召喚するから補助よろしくね。」
「うん。よくわかんないけど分かったー。」
見た目通り子供っぽい性格を持つシルフはいたずら好きであり、使役者の意図とは違う行動をとることが多々ある厄介な特性を有する精霊だが、契約して長い時を共に過ごしたゼニスとは、特別魔力の相性が良い事もあって素直に言うことを聞いてくれるのだった。
「まずは
ゼニスが先ほどと同様に杖を掲げると今度は杖先に小さな炎が灯り、杖を振ってその炎を魔法陣の中央へと移動させた。すると緑色だった魔法陣が赤く変化したのだ。
「炎よ燃え上がれー。」
シルフが魔法陣中央の炎に向かってふーっと息を吹き込むと、小さな炎は大きく燃え上がり、赤の魔法陣はひときわ強い光を放った。すると炎は次第に形を変えていき、しまいには体長1m程のサンショウウオの姿へと変化したのだった。炎の体を持つサンショウウオ、その正体は火の大精霊サラマンダーである。
「みゃあー。」
召喚されたサラマンダーは見かけによらないかわいい声で鳴いた。四大精霊の中で唯一人型ではないサラマンダーは、人語を理解するものの言葉を発することができないのである。なお精霊魔法の契約者にはサラマンダーの思考がなんとなく理解できるため、意思の疎通には然程困らない。
「さらに連鎖行くよ。サラマンダーはそのまま待機していてね。」
ゼニスが声を掛けるとサラマンダーは前足を上げて了解の意思を示した。
「よし、次は
再び繰り返しになるが、ほぼ同じ手順でゼニスは魔法の杖に今度は水球を作り出し、それを魔法陣中央で構えるサラマンダーへと飛ばした。水球はサラマンダーの体を構成する紅蓮の炎によってあっという間に蒸発し、魔法陣は赤から青へとその色を変化させた。役目を終えたサラマンダーがのそのそと魔法陣から這い出すと、間を置かずに魔法陣の内部に雨が降り出した。サラマンダーの熱によって生じた水気を含んだ上昇気流は文字通り呼び水となり、空気中の水分を巻き込んで上空で小さな雨雲を作ったのである。またシルフが気流を操作して、雨雲が拡散しない様に補助していた事も見逃せない点である。
降りしきる雨は魔法陣内部限定の狭小範囲ではあるがかなりの雨足となり、地面に落ちた大量の雨水は次第に寄り集まって女性の形を形成した。その姿は一見すると人間と変わらないが、水流でできた羽衣を纏い透き通るような美しい肌を持つ麗人、その正体は水の大精霊ウンディーネである。
「あらあら、またすごいのと戦っているわね。」
ウンディーネは周囲を見渡し、前衛の4人の連携攻撃を難なくいなしているアニマの姿を見るや、そうつぶやいた。彼女が“また”と言っているのは、つい先日勇者達は大悪魔モレクが率いる悪魔の軍勢と戦ったばかりであり、その時にも四大精霊が戦いに参加した事を指している。
大体の状況を察したウンディーネは魔法陣から歩み出て、シルフとサラマンダーと合流した。
「早速だけどウンディーネも補助よろしくね。」
「はーい。」
ゼニスの呼びかけに応じたウンディーネは魔法陣に溜まった雨水を利用して、修練場の押し固められた地面に水を浸透させぬかるませた。カチカチの地面を多少なりとも柔らかくしたのである。
「よし。これで最後だ。
ゼニスが再び杖を掲げると、杖の先端にこぶし大の尖った石が出現し、そのまま杖を振るとその石は射出された。発射された石は緩やかな放物線を描いてあらぬ方向に飛んだが、シルフが風を操って向きを調整しつつ、圧縮空気をぶつけて高速で魔法陣の中央へと打ち込んだ。すると固められた地面は砕かれて、その下にあった土の層が顔を出したのである。この時魔法陣は青から土気色、要するに茶色に変化していた。魔法陣の変化から間もなくして、柔らかな土層表面に小さな穴が空き、中からとんがり帽子をかぶった身長10cm程の小人が這い出してきた。庭に置く陶器人形のモチーフとしてもポピュラーな小人、土の大精霊ノームである。地に足を付けて生活する人間とは他の四大精霊と比べて物理的に距離感が近く、概ね落ち着いた性格をしている事も相まって契約しやすい精霊である。
「ホイホイ。四大精霊揃い踏みってことはまた
召喚されたばかりのノームは周囲を見回し、状況を把握するとゼニスに問いかけた。
「うん、そうなるね。悪いけどまた力を借りるよ。」
「なぁに、
ところでノームの召喚に伴い地面に描かれていた光の魔法陣は消失していた。
ゼニスが四大精霊を召喚した直後、アニマは転移魔法を使ってゼニス達のすぐそばに突如として出現した。
「おわっ!」
「無詠唱で転移を・・・いや、
若い方の魔法使いオルフィが単純にアニマの出現に驚く一方、熟練の魔法使いであるゼニスは、アニマが何の前触れもなく転移してきたことから、何かしらのカラクリがあるのではないかと疑っていた。
精霊魔法の常識からすれば詠唱無しで魔法を発動することはできないのだが、ゼニスは魔界における魔法、すなわち人間界で言う所の古代魔法にも精通しているため、無詠唱で魔法を使ってくる事自体には驚いていなかった。だが魔法を使う際には多少なりとも魔力を溜めたり放出したりする事によって生じる魔力波を、あるいは魔力を別の魔法エネルギーに変換する際の波長の変位が観測できるものなのである。しかしアニマはそう言った前兆を一切見せることなく転移を発動したので、魔法以外の何がしかを使ったであろうと予想したのだ。
一歩退いた位置からアニマの隙をうかがっていた勇者は、勇者の直感によって背後に回られたことをいち早く察知し、アニマの注意が後衛の4人に向いていると見るや一足飛びに飛び掛かり全力で斬りかかった。仮にも勇者を名乗るものが背を見せた相手に斬りかかるのは卑怯ではないか、と言われればまったくその通りだが、勇者一行は悪魔が支配する敵地へと突貫して、負ければ死は免れない戦いを長年続けてきたため、いかなる手段を以てしても勝てばよかろうの精神を醸成しており、彼らにとっては正々堂々
「
勇者の掛け声とともに一層輝きを増した光の聖剣クラウソラスは、アニマの無防備な背中に勢いよく振り下ろされた。しかしアニマはこれを振りかえる事すらなく難なく片手で受け止めてしまったのだった。
「なんと!?」
勇者が驚いたのも無理はない。クラウソラスは解放状態にあっては破邪の力を秘めた光の束をまとめた非実体剣であり、物理的に受け止める事など不可能であるからだ。
「不意打ちするなら声は出さない方がいいよ。」
アニマは勇者に声を掛けるとともに掴んでいた光の刃を握りつぶし、砕けた破片を吸収してしまった。そしてさらに言葉を続けた。
「あと不用意に手札を公開するのもよくないね。聖剣の解放だっけ?君さっきからずっと解放状態で晒していたから、どういった術式が組まれているのか先に解析しちゃったよ。だからこうして簡単に破られる。」
アニマはさも当然の様に語ったが、女神によって産み出された聖剣に付与された破邪魔法の術式は複雑怪奇であり、戦闘中に解析してあまつさえ解呪・吸収を実践できるものなど、魔界全土を見渡しても数えるほどしかいない。魔王軍最強の魔法使いと呼ばれるアニマだから可能な対処法である。
「敵にアドバイスを送るとは、ずいぶんと舐めてくれるじゃないか。こちらとしては都合がいいから、せいぜい油断してくれ。」
勇者は解呪されて元の実体剣に戻った聖剣を構えてアニマを牽制しつつ見栄を張ったが、聖剣の解放を無理やりに解除された反動は大きく、体力・魔力・精神力を大きく削られて疲労の色が見えていた。
「おやおや、まずいね。聖剣が通じないとなると、いよいよ逃げた方がいいかもね。」
勇者達がやり取りしている間に、ゼニスは弟子のオルフィにこっそり声を掛けた。
「そりゃまあ、準備はしてましたけど、あの子がみすみす見逃してくれる気がしないっすよ。」
ゼニスが四大精霊を召喚する一方で、オルフィはゼニスの指示により、いつでも逃げられるように長距離転移魔法の発動準備を整えて詠唱を済ませていた。しかし一瞬で転移し無造作に複雑な魔法術式を解呪するアニマを見て、逃げる隙は到底与えて貰えないと状況判断したのである。
ところでゼニスが四大精霊を召喚したのは、アニマに対して前衛の4人と共に飽和攻撃を仕掛けて隙を作りだし、どうにか勇者の聖剣の一撃を叩きこむための手数とするためであり、精霊魔法が決定打にはなり得ないと最初から考えていた。それゆえに聖剣が通じないと見るや即座に撤退の判断に至ったのである。
アニマが転移し勇者が不意打ちを仕掛けてからの数瞬のやり取りの間、それまでアニマと戦っていた前衛の4人はと言うと、急に目の前からアニマが消えたので混乱に見舞われていたが、すぐに後衛の異変に気付いて駆けよって来ていた。
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