第6話 大神官の奇跡

 剣士の男と取り巻き2人による陽動と奇襲のコンビネーションは、視覚情報に大きく依存する人間とはまったく異なる俯瞰的な視点を持つアニマの前に脆くも打ち砕かれたのだった。

 しかし彼らの行動がまったくの無駄だったかと言えば否であり、彼らが時間稼ぎしたおかげで、後衛の聖職者達は無事に魔法の詠唱を完了したのだった。

 人間同士の争いにおける魔法の効力は絶大であり、その一つ一つが戦況をひっくり返す脅威になりうるので、魔法使いが詠唱を始めたら真っ先に潰しにかかるのが定石である。なおアニマは勇者達の実力をはかるのが目的であり、元より彼らを妨害するつもりは無かったが、そんなことは勇者達が知る由もない。


破邪円陣サークル・オブ・ブレイクイービル

女神の祝福ブレス・オブ・ゴッデス

 魔法名の宣言と共に聖職者の1人は後衛を包み込む結界の展開を、もう1人は前衛への身体強化魔法を各々発動した。ちなみに聖職者が扱う魔法は奇跡とも呼ばれる。

 破邪円陣サークル・オブ・ブレイクイービルは邪悪な存在を物理的に阻む効果を有し、無理に侵入しても浄化されてしまうので、不浄な悪魔や不死者に対してはこの上ない防衛能力を発揮する。また人間族以外が扱う魔法や不死者が得意とする呪詛の類も浄化して無効化するため、結界内は人間族だけに有利な空間となる。

 女神の祝福ブレス・オブ・ゴッデスは女神を信仰する者にだけ効果を発揮する身体強化魔法で、筋力・反射神経・動体視力などの身体能力全般を強化することに加え、体力の消耗を軽減し、多少の怪我であれば即座に回復する効果を持つ。端的に言えば疲れ知らずの無敵の戦士を産み出す魔法だ。ただし致命傷には対応できないため油断は禁物。

 どちらの魔法も大神官クラスでなければ使用不可能な高等魔法である。


 結界の構築が完了するまで後衛の守備についていた老騎士は、役割を終えると今度は前衛の勇者と合流した。攻撃一辺倒な勇者や剣士達とは異なり、老騎士は攻守両面の心得を持っているため、状況に応じて役割をスイッチしてパーティーの隙を補う調整役を担っているのである。


「どうだブレイズ?お前の目から見てアレは倒せそうか?」

 老騎士はアニマを指しながら言った。

「難しいな。隙を見て打ち込もうと思っていたが、あの3人とやり合ってる間でさえまったく隙がない。」

 ブレイズは数多の戦いを経て、彼我の戦力差を見抜く力に優れていたので、アニマと前衛3人との打ち合いを見て、彼らと同程度の実力の自分では勝ち目がないと気づいてしまったのだった。

「うむ、やはりそうか。騎士道には悖るがわしも加わり4人掛かりなら、多少なりとも隙を見せるかもしれん。後衛の準備も整ったしのう。」

 老騎士は目を細めて顎髭をわしわしと弄り、思わずため息をつきたい状況を改めて確認しながら言った。

「どの道アレが大人しく見逃してくれるとも思えんし、やるだけやってみるかのう。ブレイズはどうにか聖剣を叩き込んでくれ。」

 そう言うと老騎士は意を決した様子で盾と槍を構え直し、未だ動きを見せないアニマに相対した。それに呼応してブレイズもまた改めて聖剣を握りしめ、決死の覚悟を決めたのだった。


 たとえ限りなく可能性がゼロに近くとも、勇者パーティーには何もせずに諦めると言う選択肢など元より存在しないのだ。


―――補足説明 魔法の種類―――

・奇跡

 聖職者が扱う魔法は奇跡とも呼ばれる。

 魔法における詠唱の代わりに祈りの言葉を捧げ、神がもつ力の一端を借り受けるものである。奇跡の行使には使用者の魔力を消費するが、神から受けている加護の度合い、言い換えれば神から好かれているかどうか次第で魔力の消費量が軽減される。極端な例でいえば、元勇者パーティーメンバーである聖女ソールは自身の魔力を一切使わずに奇跡の行使が可能だった。

 余談だが聖女ソールは女神サンナが勇者選定のために地上に遣わした分身体アヴァターラである。ただし彼女の両親は普通の人間であり、彼女もまた魂こそ女神そのものではあるが肉体的には普通の人間である。人の子として産まれ、女神の記憶も受け継いでいないため、女神本体とは切り離された独立した人間としての意思を持っている。

 奇跡の話に戻るが、基本的に神殿で洗礼の儀式を受けていて、かつ信仰心が篤い敬虔な信徒で、さらに奇跡に関する知識を学んだ上で、魔法に適性がある者にしか扱えない。それゆえに奇跡を行使できる者は、元より数が少ない魔法使いの中でもさらに少数であり希少。また神の意にそぐわぬ目的での奇跡の行使は却下される上、神の不興を買えば天罰を受ける事さえある。


・精霊魔法

 精霊と契約して精霊の力を借りて発動する魔法。

 個々の精霊によって契約様式は異なり、簡単なところでは火の精霊サラマンダーは特に条件なしでお願いすれば契約してくれる。逆に気難しい精霊も存在し、生涯貞操を守ることが条件だったりと、契約内容を確認しないと大変なことになる。契約を破ると呪いを受ける上、その精霊と繋がりがある別の精霊からも嫌われて契約不可能となるので、精霊魔法使いとしては致命的。

 精霊と契約することで様々な加護を得るが、例えばサラマンダーであれば炎熱に対する耐性を得て、多少の炎では火傷しなくなり、暑い火山地帯や砂漠などでも影響を軽減して活動できる。逆に精霊を怒らせると呪いを受け、加護とは概ね正反対の効果を受ける事となる。

 術者の魔力がどんなに多くとも契約した精霊が扱える以上の魔法は使えない点はある意味弱点だが、言い換えれば十分な魔力があれば誰でも同じ威力の魔法を安定して使える利点もある。術者の強さが契約している精霊の種類や数と直結するため、魔法使いとしての能力査定が容易。

 精霊の代わりに動物霊を使役して呪術を放つガンド使いや、悪魔と契約して都度代償を払って魔法を行使する魔女なども存在するが、契約相手が異なるだけで基本的には精霊魔法使いと同類である。


・古代魔法、神代魔法

 悪魔やエルフが扱う原初の魔法。

 人間族が古代魔法などと勝手に呼称しているだけで、魔界においてはこちらが本来の魔法で、人間達の扱うそれとは似て非なるものである。

 詠唱を必要としない事をはじめとして様々な違いが存在するが、根本的な違いは神や精霊と言った他者の介在を必要としない事であり、要するに自分の意思だけで自由に使える事である。

 魔法の威力は術者の能力如何によって異なり、同じ魔法でも大きく威力が異なる特徴を持つ。今のは余のメラゾーマではないファイガだ。

 エルフやニンフを始めとする精霊に近い性質を持った天人種、あるいは悪魔や悪魔の眷属である魔族達は、基本的な魔法を特に訓練せずに産まれつき使えるが、そんな中でもオリジナル魔法を創造できるほどに魔法に精通した者だけが魔法使いと呼ばれる。人間界における魔法使いは魔界ではちょっと魔法が得意くらいの扱いになる。

 補足の補足だが天人種は天女、仙人、オケアニデス、アプサラスなど、他多数の種族が存在し世界各地に点在するが、土地に根差した土着傾向が強くあまり他所には行かない事と、人間に近い容姿を持ち人間より優れた能力を持つ共通特徴がある。人間は神の姿を真似て作られた種族とされているが、天人種はより神に近い能力を持った完成度の高い存在であり、女神信仰が盛んな人間界においては神の現身として尊い存在と扱われる事が多い。逆に悪魔とその関係者は神の敵対者として忌み嫌われている。


・死霊魔法などその他の魔法

 あまりメジャーではないが特定種族やごく一部の地域でのみ伝承されている魔法が存在する。

―――

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