第5話 はじめてのおるすばん③ 前哨戦

「ごきげんよう聖剣の勇者とその仲間達よ。我こそは魔王軍四天王が1人にして魔法を極めし者アニマ。魔王城の留守を預かる者である。」

 アニマは事前に考えておいた名乗り口上を堂々と言い放つと、満足したようでフンフンと鼻息を鳴らしつつドヤ顔を晒した。


 突如として現れた幼い少女が放つ威容な魔力の奔流と、それに反してごっこ遊びの様な幼い言動とが織りなす不均衡アンビバレントによって、呆気にとられてしまった勇者一行だったが、勇者ブレイズは意を決してアニマに疑問を投げかけた。

「いろいろとツッコミたいことはあるが、まずは一つ教えて貰えるかな?魔王城が留守と言うのはどういうことだ?」


「ふっふっふ。本来ならば侵入者である貴様らに答えてやる義理は無いが、今は気分がいいから教えてやろう。現在魔王様はご家族友人と共に旅行中で不在だ。聞けば貴様らの目的は魔王討伐の様だが、とんだ無駄足だったな。これに懲りたら約束も無しに急に押し掛ける非常識を反省するがいい。」

 アニマはドヤ顔のままで偉そうな幹部ムーブを続けた。幹部ムーブと言うか彼女は現に魔王軍の幹部なのだが、その幼い外見と芝居じみた言動のせいで子供のお遊び感が拭いきれないのだった。


「魔王が不在だと・・・それは考えてもみなかったな。」

 決死の覚悟で魔王城に挑んでいたブレイズは思わぬ事態に再び閉口した。


「さて、用が無いなら帰れと言いたいところだけど、私個人として聖剣に興味があるんだよね。ついでに人間らしからぬ強さを持つ君達の秘密にもね。」

 アニマは早々に幹部ムーブに飽きてしまい、普通の口調に戻って言った。そして先ほどまでの敵意の無い様子から一変して、突き刺す様な魔力を放ちながらさらに言葉を続けた。

「聖剣にせよ異常な強さにせよ、大方女神サンナの色付けだろうと当たりは付いてるけど、百聞は一見に如かずって言うし、実際戦って見ないことにはわからないことも多いからね。と言うわけで一手付き合ってもらおうか。」


 二つの意味で豹変したアニマの急な宣戦布告を受けて、勇者達は緩みかけていた緊張の糸を張り直し、再び臨戦態勢に移行した。

「逃げる・・・のは無理だろうな。信じがたいことだが彼女は先ほど戦った門番はおろか、大悪魔モレクさえも遥かに凌駕する魔力を放っている。最初から全開で行くぞ!」

 ブレイズは掛け声とともにアニマとの距離を詰めると、即座に聖剣の解放を行い、光の聖剣クラウソラスの真の力を解放した。

 それに呼応するように剣士の男がアニマの側面へとすばやく移動し、さらに続いて男の取り巻き達がアニマを囲むように配置についた。アニマは魔法を使うとわざわざ自己紹介していたので、広範囲魔法でまとめて吹き飛ばされるリスクを考えて散開したのである。

 前衛の4人がアニマの注意を引く中、機動性に劣る老騎士の男はひとまず後衛の守備に付き、魔法使い達は攻撃魔法の詠唱を、聖職者プリースト達は簡易的な破邪の結界を張るため、また前衛の勇者達に支援魔法を掛けるための詠唱をそれぞれ開始した。


 今さらながら勇者パーティーの構成を説明しておくと、前衛には勇者ブレイズを筆頭として、老騎士の男、ベテラン剣士の男、そして剣士の取り巻きの若手の剣士と斥候スカウトが1人ずつで、計5人である。次いで後衛であるが、メガネの魔法使いを筆頭として、彼女の弟子が1人、聖女の代わりに参加した聖職者プリーストが2人の計4人で、全後衛併せて合計9人の少数精鋭達である。


「なかなかの展開速度だね。指示らしき指示も無かったのに、高度に連携してそれぞれが自分の役割を理解した立ち回りをしている点も高評価です。チームとしての練度は申し分ないって所だね。次は個人の技量を見せて貰おうか。」

 アニマは一瞬にして包囲されてまさに針の筵な状況に追い込まれていたが、慌てるそぶりすら見せずに勇者達の動きを観察し分析していた。


「随分と余裕だな。せいぜい油断していろ、すぐに吠え面かかせてやるぜ。オラァ!」

 剣士の男はアニマの品定めする様な態度に苛立ちを見せて、これ見よがしに大きく振りかぶって斬りかかった。


「まぁまぁ鋭い太刀筋だけど、そんな大振りじゃ当たるものも当たらないよ。」

 アニマは男が振り下ろした剣を片手でパシッとキャッチしつつ言った。


「くそっ!なんつー力だ、びくともしねぇ!」

 男は掴まれた剣を振りほどこうと力を込めたが、アニマの万力の様な握力によって掴まれた剣は微動だにしないのだった。


 いかにも挑発に乗って安易な攻撃を仕掛けたかに見えた男だが、実のところすべて計算尽くであった。元より彼が注意を引いて隙を作り、死角から取り巻き2人が襲い掛かる算段だったのだ。とは言え、全力の兜割りを正面切ってキャッチされたのは男にとっても想定外であったが、取り巻きの2人は手はず通りにアニマの死角から斬りかかった。

 しかしアニマは完全に死角からの不意打ちにもかかわらず、2人の斬撃を難なく回避し、さらに攻撃を空ぶって体勢を崩した2人の胸に蹴りを入れて吹き飛ばした。

「うわっ!」「ぐえー!」

 男達は情けない声を上げて数メートル吹っ飛んだが、アニマはかなり手加減して優しくソフトタッチで蹴りを放っていたため、大したダメージは受けていなかった。


「ちぃっ!なんて奴だ!背中に目でも付いてやがるのか?」

 剣士の男は十八番の戦術があっさり破られてしまった事を見止めると、未だ摑まれたまま振りほどける気配のない剣を手放して、底知れない凄味を感じさせるアニマから距離を取った。


「背中に目は付いてないけど、足音や風切り音、それに風の流れの変化とか、魔力の波動とか、視覚情報に頼らずとも周囲の状況を知る手段はいくらでもあるよ。後の祭りだけど対人用の戦術は、文字通り人外である私には有効じゃないかもね。」

 アニマは余裕綽々と言った様相で、狼狽する男に向かってアドバイスを送った。たった一合の打ち合いだが、互いの実力差を知るには十分なやり取りだったのだ。


「とりあえず剣は返しておくよ。私に姑息な手品は効かないってわかっただろうし、次は全力で来るといいよ。」

 アニマはそう言うと男が置き土産にしていった剣をぽいっと無造作に放り投げた。


「そういう事なら有難く返してもらうぜ。」

 男は幼い少女に完全に舐められている事態に思うところが無いわけではなかったが、明確な力の差を示された後では返す言葉が無かったので素直に施しを受けたのだった。


 様子見の打ち合いはアニマの圧勝に終わったが、互いにほとんど損耗は無かったので、戦いは振り出しに戻ったのだった。


―――補足説明 勇者パーティーの人員不足―――

 魔王城攻略と言う人類の未来を左右する重大作戦にもかかわらず、たったの9人で挑んでいたのにはもちろん理由がある。簡潔に言えば勇者パーティ―は精鋭が過ぎて、追加人員が足手まといにしかならなかったためだ。勇者パーティーは魔界攻略の最前線で十数年に渡り戦い続けてきた歴戦の猛者である。そんな彼らに追従できる者は、現在の人類には存在しない。

 人間界の土地不足は逼迫しており、勇者達以外にも魔界の攻略に挑んでいる冒険者達は存在する。しかし冒険者の多くは家督を継げない次男坊以降の男衆であり、土地不足の事情も重なって故郷に居場所がないので、仕方なく冒険者になったと言う後ろ向きな理由が多く、自ら危険に身を投じようという気概を持つ者は少ないのだ。

 また以前には各国の騎士団並びに傭兵部隊から、勇者パーティーへの参加に名乗りを上げた者もあったが、女神の結界に守られた安全な内地で安穏と生きてきた者では、勇者達の無謀とも言える強行軍にはついていけず、数日と経たずに踵を返していったのである。


 勇者達が魔界に入って以降の唯一の追加メンバーは、身重となった聖女の穴埋めとして参加した聖職者プリーストの2人である。彼らは女神サンナを信仰する神殿に帰依する大神官であり、女神の預言を受けて聖女の代替役として遣わされた、いわば神のお墨付きを受けた優秀な人員である。彼らは女神の意向に殉ずる事を厭わない狂信的な覚悟を持っているので、普通の冒険者達に彼らと同等の覚悟を要求するのは酷であろう。

―――


―――補足説明 領域ゾーン―――

 五感に加えて魔力感知能力を併用して周囲の状況を観測する技能は、高位の悪魔等の魔力操作に長けた種族であれば産まれながらに持つ能力で、特に意識せずとも習得できる第六感である。それは人間に置き換えれば生後数日もすれば徐々に目が見える様になるのと同じ事であり、特別な修練は必要としない。

 しかし魔力操作が種族的に苦手な人間が同じ技能を得るには長い修練を要し、一生を武術に捧げたいわゆる達人と呼ばれる世捨て人が、数十年の荒行を経てようやく習得できる可能性が産まれると言った具合で、一般人にとっては半ば伝説的な秘術である。

 その技能の呼び名はさまざまあるが、一例をあげると、ある剣術の流派においては空から見下ろす様な視点を得る事から天眼てんがんと呼ばれ、他にも無我の境地や明鏡止水など多数の呼び名がある。武術における奥義としてのこれら技術は、常軌を逸した集中力を必要とするために思考速度の加速が起こり、相対的に周囲の動きがスローモーションに見える副次効果を持つ。第六感を発動して平時より多くの情報を得る事に加え、その時間的密度も爆発的に増加するため、人間の脳では処理しきれなくなり長時間の使用は不可能である。

 また魔法使いの間では自身の周囲をドーム状に知覚する魔法、天蓋の掌握ドミネート・オブ・ドームが存在し、高位の魔法使いのみが扱える高等魔法であるが、天眼とほぼ同等の効果を得る事が可能だ。

 天眼と探知魔法は似て非なる物であり厳密には諸々の差異が存在するが、一般には各分野におけるエキスパートが辿り着く到達点と言うことで同一視され、まとめて領域ゾーンと呼ばれる。

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