第4話 はじめてのおるすばん② 勇者パーティーの軋轢
アニマとルキフェルが他愛のない会話を交わす事数分後、必要以上に周囲を警戒し慎重に場内を進んできた勇者の一行がようやく修練場へと辿り着いていた。
魔王軍は搦め手を伴わない正面切っての直接戦闘が得意な高位悪魔で固められた、魔界においても屈指の戦闘狂揃いの武闘派集団であるため、外敵には拳で答える脳筋スタイルを基本としている。魔王がまだ覇権争いに興じていた時期には、参謀役である宰相ソフィアの計略により、多少なりとも城内にトラップが設置されていたのだが、アホな身内が引っかかる事件が多発したため、下手なトラップは無い方がマシとの判断がなされ、現在ではノーガードの襲撃歓迎状態になっているのだ。
そうとは知らない勇者の一行は城門で門番の悪魔を退けて以降、動きを見せない魔王城に不気味な違和感を覚えつつ、余計に慎重を期してゆっくりと歩を進めたのであった。
「何やら開けた場所に出たな。ここは闘技場か?危険は・・・無いようだな。」
勇者ブレイズは先陣を切って修練場へと踏み込み、周囲を見渡して危険がないことを確認すると、後についてきた仲間達に手振りで広場へと入る様に指示を出した。常に緊張状態でいてはもたないので、安全圏で小休憩を取ることにしたのである。
ところで修練場で先んじて待ち構えていたはずのアニマはどうしたのかと言うと、侵入者に気づいて転移魔法で突然現れた風に装うことを決めたので、ひとまずルキフェルと共に広場から少し離れ、柱の陰に隠れて勇者達の動向を観察していた。
「時にブレイズよどう思う?門番の悪魔こそこれまでにない程の強敵だったものの、ここまで目立った罠も妨害も無く来てしまったわけだが、まるで誘い込まれている様ではないか?」
警戒を解いて一息ついたブレイズに老齢の騎士の男が声を掛けた。
その騎士の男はブレイズの妻にして幼馴染であり、現在はパーティーを離脱している聖女ソールの実父であり、ブレイズの出身国の王国騎士団副団長を務めていた実力者である。出身国別に派閥が形成され、勇者パーティー内に不和が発生している現状において、勇者の義父であり年長者でもある男は、勇者派でありつつもパーティーのご意見番的な立ち位置で、少々ぎくしゃくしているパーティーをまとめる調整役であった。
「たしかに妙ですね。聖剣の光を見た悪魔達が集まってきてもおかしくないはずですが、どうにも静かすぎますね。あれだけ派手に爆音が響いたので、気が付いていないなんてことはないでしょうし。あえて我々を深部まで誘い込んで、一網打尽にする罠を仕掛けている可能性がありますね。さて、このまま進んでよいものかどうか。」
騎士の男が投げ掛けた疑問に続いて、今度は年若い魔法使いの女が一歩踏み出して口を開いた。その魔法使いの女はメガネを掛けて分厚いローブを纏い、古びた木の杖を携行したいかにも賢そうな姿だった。
彼女が言うように魔王城の住人達は聖剣の破邪の力を察知し、襲撃者の存在に気づいていた。そして中には冷やかしがてら偵察に来る者もいたのだが、四天王最強のアニマが迎撃準備を整えて待ち伏せている様子を見るや、他の者が出る幕は無いだろうと察して早々に撤収してしまったのである。
魔法使いの女はさらに続けた。
「先ほど戦った門番の悪魔は不意打ち気味の聖剣の解放が直撃して難なく倒せたわけですが、我々を見定める様に手を抜いていた節がありますから、端から全力を出していれば同じ結果にはならなかったでしょう。既に我々の存在は感知されている前提で考えると、この先出てくる者はさっきの様に油断はしてはくれないでしょうし、そうでなくともあのレベルの悪魔が複数で現れたら今の我々では対処できませんね。現時点ではこちらに損害は出ていませんが、撤退の判断は早い方がよいと考えますね。」
魔法使いらしく頭脳明晰で知識も豊富な女は、パーティーの頭脳として冷静に状況判断し、都度作戦立案と方針転換の助言をする役を担っていた。
「なるほど。たしかにさっきの悪魔は本気を出していない感じだったな。先日倒した大悪魔モレク程ではないが、それに迫る実力を秘めていると俺の直感が告げていたしな。」
勇者ブレイズがそう言うと、魔法使いの女はこれに応えた。
「勇者の直感、つまりは女神の先触れですね。であればやはり早々に聖剣を解放して正解でしたね。下手に消耗を抑えて戦っていたら、こちら側にも相応の損害が出ていたでしょう。」
ブレイズは元々直感的な危機察知能力が優れていたが、女神の加護を受けて以来その直感力は未来予知レベルになっていた。パーティーの要である彼が強行軍の先頭に立って斥候役を担っているのは、その直感によって罠や伏兵を見抜くことができるからである。
「ああ。聖剣の力以外ではほとんどダメージを与えられていなかったし、それに関しては適切な判断だったと思うが、この先も聖剣だよりで戦うとなると、俺の体力がもたないだろうな。死傷者が出る前に撤退を視野に入れるべきか。」
老騎士と魔法使いの女の助言はあくまでも一個人の意見であり、先に進むべきか撤退すべきかのパーティーとしての最終判断はリーダーである勇者ブレイズに決定権があるのだ。
―――補足説明 聖剣の解放―――
聖剣に宿る破邪の力を光の束にして長大な光の剣を顕現させる勇者の技能であり、それこそが光の聖剣クラウソラスの真の姿である。
主な効果は非現実存在への特効、すなわち世界の理を破った存在である悪魔やアンデッドに絶大な威力を発揮する効果だが、使用者に多大な負荷がかかり、体力・魔力・精神力を大きく消耗するデメリットが存在する。それゆえ考え無しに連発するとすぐに疲弊してしまう欠点があり、勇者にとってはいざと言う時の切り札であると同時に捨て身の必殺技でもある。
―――
ブレイズが撤退の判断に舵を切ろうとし、先に意見を出した2人と目くばせしていると、そこに待ったをかける声があった。
「おいおい、まさか今になって引き返そうってんじゃないだろうな?」
少々荒っぽい調子で3人の間に割って入ったのは、魔王城攻略作戦の実行を強く推していた、反勇者派閥のリーダー格の男であった。その男は年季の入った軽鎧を纏った剣士で、パーティー内では勇者に次ぐ剣の腕前を持つ実力者であった。また血気盛んで先頭に立って戦う勇猛さを持つことから、若者からの支持を得ており、パーティー内での影響力はある意味勇者よりも上だった。
男は賛同する取り巻きの声を受けつつさらに続けた。
「ありもしない罠を恐れてチャンスを不意にするなんてどうかしてるぜ。俺が思うにこの城は攻め込まれたことが無いんじゃないか?これだけの規模の城塞で門番が1人だけってのも妙だったが、どうせ誰も攻め込まないと高をくくって防備が手薄になっていたと考えれば納得がいくだろ。」
男の意見はかなり自分達に都合のいい楽観的な解釈ではあったが、状況証拠だけを見れば矛盾がない様に思われたので、撤退を決めかけていたブレイズの意思は揺らいだ。
「俺の仮説が正しければ、今回の襲撃を受けて今後は城の防備が強化されるだろうぜ。つまり守りが薄く安全に攻略するチャンスは今回限りってわけだ。俺としてはこのまま一気に魔王を叩くのが最善手だと思うぜ。」
男は乱暴な口調ではあったが、個人的な意見を述べるに留め、最終的な判断はやはりリーダーであるブレイズに一任した。
既に確認している通り、現在の勇者パーティーにおいて高位の悪魔に決定打を与える事ができるのは聖剣の解放だけである。そして聖剣の力を扱えるのは女神から特別な加護を受けたブレイズだけである。剣士の男にとってブレイズは気に食わない相手であるが、魔王討伐と言う大目標のためには聖剣の力が不可欠であり、ブレイズがその気にならなければ、周りが何を言ったところで意味がないと男も理解していたのだ。
なお聖剣の持つ破邪の力は、創世神イルの息子である魔王バアルには効果がないのだが、そうとは知らない人間達は聖剣こそが魔王を倒す切り札だと思い込んでいる。
3人の提案を受けたブレイズは、しばしの逡巡ののち静かに口を開いた。
「よし、このまま進軍しよう。罠にせよなんにせよ、消耗を抑えて進めるならこちらにとっても都合がいい。引き続き警戒を厳にして油断せずに進もう。」
ブレイズが行軍の指揮を取ると、荷を下ろして小休止していたメンバー達は各々頷き隊列を組みなおした。
ブレイズの合図に従い隊列が動き出そうとしたその時、彼らの目の前に強力な魔力を放つ小さな黒い竜巻が発生した。
異常事態を察知したブレイズと剣士の男、そしてわずかに遅れて老騎士がパーティーの前面に立ち、さらに遅れて後衛のメンバー達も戦闘陣形を組み、謎の現象に備えた。
勇者パーティーの迎撃態勢が整うと、竜巻は切り裂かれた様にして霧散しその中から幼い少女が姿を現した。その少女とはお察しの通りアニマである。
アニマは勇者達の会話が途切れるのを物陰からコソコソとうかがっていたのだが、彼らの会話に聞き入って少々のんきしていたら、うっかり乱入するタイミングを逸してしまったのだ。そしていよいよ勇者達が休憩を終えて出発する段になってしまったので、慌てて飛び出してきたのである。
「小さい女の子?」
突如として出現したアニマに驚いたブレイズは、情報の整理が追い付かずただただ目にした光景を口にしたのだった。
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