第2話 魔界の少女達のお茶会

―――魔王城城門を抜けて居館パレスへと続く道すがらの中庭に存在する庭園。それはおよそ悪魔の王の居城には似つかわしくない、愛らしい妖精達が無邪気に舞い踊る優美な花園であった。ちなみに妖精族は争いごとを嫌うため、安全で緑豊かな場所にしか存在しない。

 そんな妖精の園の一画にある東屋にて、日課である早朝の戦闘訓練を終えた悪魔の少女アニマは、泊まりがけで遊びに来ていた友人の少女ルキフェルと共に、朝食兼ティータイムを楽しんでいた。


―――補足説明 ルキフェル―――

 アニマの友人こと堕天使ルキフェルは魔界の七大公の1人で、傲慢のルキフェルの異名を取る魔界の大貴族である。

 その容姿はアニマと同じく人間で言えば10歳前後の見目で、4対8枚の翼を背に生やした金髪碧眼の可憐な少女だ。彼女は自身の美貌に絶対の自信を持っており、誰に対しても厚顔不遜な態度を取る事から傲慢の名を与えられている。

 ルキフェルの父シャヘルは創世神イルの息子であり、同じく創世神の息子である魔王バアルとは実の兄弟関係なので、シャヘルの娘ルキフェルはバアルにとっては姪っ子に当たる。ちなみに両性具有であり、男女どちらでもイケるバイである。

―――


「ねぇアニマ。つい先日モレクが倒されたんだけど知ってた?」

 ルキフェルが問いかけた。


「そうなの?モレクと言えば大昔に魔王バアルおじさんと覇権を争ったくらいの大悪魔だよね?おじさんに負けて力を失って以来、落ちぶれてしまったとは聞いてるけど、それでもそこらの木っ端悪魔には負けない実力者だったはずだよね?」

 アニマが聞き返すとルキフェルはフフンと鼻を鳴らし、どこか得意げに言葉を続けた。引きこもりで世情に疎いアニマに外の様子を教えてマウントを取るのが、彼女のちょっとした楽しみなのだ。


「なんとそのモレクを倒したのは悪魔ですらない人間なんだよ。かつての大悪魔が落ちるところまで落ちたかって感じではあるけど、流石にそれだけじゃ人間が悪魔に勝てる理由にはならないよね。」

 ルキフェルはいかにもな物知り顔で思わせぶりに言った。


「人間には会ったことないけど、下級悪魔相手でも十人がかりでようやく勝てるくらいの弱小種族だったよね?そんな連中が何千何万人集まったところで、高位の悪魔には手も足も出せずに蹂躙されるはずだけど、何があったの?」

 ルキフェルの尊大な態度はいつものことなので、アニマは特に気にすることもなく普通に聞き返した。


「私も直接かかわったわけじゃないから伝聞の話になるけど、最近の人間達は以前より強いみたいだよ。うちに出入りしてるアマイモン商会のキャラバンから聞いた話だから、それなりに信憑性が高い情報だけど、人間の小集団に襲われて積み荷を一部奪われたんだってさ。」

 

「なるほど、商会の話なら嘘じゃないだろうね。」

 偉そうな態度とは裏腹に、ルキフェルの話はすべて聞きかじっただけの不確定情報であったが、アニマはそんな彼女の言葉を信用した様子で頷いた。


―――補足説明 アマイモン商会―――

 魔界の七大公の1人、強欲のマモンが頭取を務める商会。『なんでも売るなんでも買う』を社是として、魔界全土の商業圏を支配している独占企業。

 マモンは元々契約と信頼を司る天使であったため、堕天使となった今でも金に関しては誠実で、不当な価格設定はせず適正価格で商売をしている。その誠実な商売形態は薄利多売を極めており、マモンの商会に対抗する価格設定で商売をしたら儲けが出ないため、ライバル企業が駆逐されて結果的に経済圏を独占するに至っている。

 マモンは身内に厳しく、仮に不正などしようものなら損失補填のために魂まで取り立てられて髪の毛一本すら残らないと言われており、商会の従業員は悪魔のくせに誠実で嘘をつかないことで有名である。

―――


 アニマが情報を整理する時間を置いたのち、ルキフェルは再び語り始めた。

「人間はここ数百年程は奴らが言う所の人間界に引きこもってすっかり静かになってたんだけど、つい最近になって急にまた人間界から出てくるようになって、どうやらその出てきた連中ってのがそれなりの実力を持ってるらしいんだよね。と言っても人間界の周辺地域でうろうろ探索している程度だったから、誰も気にしてなかったんだけどね。そこに来て急に仮にも大悪魔であるモレクが倒されて、しかも領地を奪われたって言うんだから、巷では結構な騒ぎになってるよ。」


「そうなんだ。それでモレクを倒したって言う人間達はどんな大軍勢だったの?」


 アニマの質問がルキフェルの想定していた通りの物だったため、ルキフェルは再びフフンと得意げに鼻を鳴らしつつ質問に答えた。

「実はモレクを倒したのはほんの10人足らずの小集団だったらしいんだよね。破邪の力を持つ武器を使ってるって話だから、悪魔らしい悪魔なモレクにはものすごい効果があったのかもね。あんなの私には効かないけど。」

 例によってすべて伝聞であるにもかかわらず、ルキフェルはなぜかドヤ顔で説明した。ちなみに元来邪悪な存在ではない堕天使のルキフェルは、邪悪の化身である真性の悪魔とは異なり破邪の力を受け付けない。影響があるとしてもちょっと性格が丸くなる程度である。


「えっ!?それは流石に話を盛ってるんじゃない?たったの10人で仮にも最高位悪魔のモレクを倒すなんて、どんなに武器が強くても無理でしょ?」

 アニマは国家クラスの大軍隊がモレクの討伐に動いたものと予想していたため、ルキフェルの発言に驚いたのだった。


 その様子を見たルキフェルは一層得意げな表情を浮かべつつアニマの疑問に答えた。

「大規模な軍勢が行軍すれば目につかないはずがないし、状況から見て噂話は本当だと思うよ。モレクに勝てるくらいの突出した個戦力を持った人間が産まれたってことだろうね。まぁ一応パーティーを組んでいるらしいけど、厄介なのは聖剣を携えた勇者って呼ばれる男一人って話だから、個戦力と言っていいかな。」


「聖剣か・・・破邪の力って言うと、人間界に張られている女神の結界が持つ効果だよね?女神が作った武器ってことなのかな?」


「それは分からないけど、モレクすら退けた威力を考えると、並の悪魔に取っては致命的な効果を持ってるんだろうね。勇者の実力がどれほどの物か分からないけど、この辺の悪魔達はかなり警戒していて、領地の防衛力強化を慌てて進めている状態だね。」

 聖剣の効果を受けないルキフェルはいかにも他人事といった顔をしていた。


「ふーん、そうなんだ。魔王城は今魔王バアルおじさん魔王の后達おばさんたち、それとお父さんとお母さんが揃って行楽キャンプに行っちゃってて留守だから、普段と比べてかなり手薄な状態だけど、まさか勇者もいきなり魔王城には殴り込んでこないよね?」

 アニマはいかにもフラグになりそうな発言をした。


「ははっ。流石にそりゃあないだろ。聖剣の件を考えれば勇者にはまず間違いなく女神の息が掛かっているから、魔王に手を出すはずがないしな。」

 ルキフェルは畳みかける様にフラグ建築に追従した。


 そんな二人のやり取りの甲斐(?)あってか、間もなくして庭園から程近い城門の方から喧騒が聞こえてきた。そしてしばし言い争う声がしたかと思うと、次の瞬間には強烈な光の柱が立ち上り、少女達が戯れる閑静な朝の庭園に不躾な爆音が鳴り響いたのだった。


「あの光は破邪の力みたいだね。噂をすればなんとやらかな。」

 ゆったりとティータイムを楽しんでいたアニマは飲みかけのティーカップを静かにテーブルに置くと、座っていた椅子から飛び上がり東屋を飛び出して庭園に着地した。

「さてと、ちょっと興味が湧いていたところだったしちょうどいいね。勇者とやらの実力確かめてみようか。」

 アニマはそう言うと襲撃者を迎え撃つために庭園を離れ、戦闘訓練に使用している修練場へと移動した。せっかくの花園が戦場となり、妖精達や花が傷つかない様にする配慮である。


「おう、頑張れよー。私は見てるから。」

 一方ルキフェルは、魔王城並びに魔王軍とは特に関係がないただの客人であるため、襲撃者に対しては関与しない姿勢を明らかにして傍観を決め込んでいるのだった。



―――補足説明 悪魔の死―――

 神や悪魔の本体である光体アストラルたいは、物質が支配する現実世界とは一線を画す高次元の精神世界・神界に存在している。現実世界である異世界カナンに顕現している神や悪魔は、彼らの分身体アヴァターラであり、たとえ分身体が肉体的に滅ぼされても、時間を置けばそのうち復活するのだ。それゆえ悪魔達にとっての肉体的な死は、基本的に一発アウトでゲームセットな通常の生命体とは異なりかなり軽い事象である。

―――


―――補足説明 魔王バアルと女神サンナの関係―――

 魔王バアルと女神サンナは共に創世神イルの子供であり兄妹関係である。

 サンナは悪魔が支配する広大な魔界をよく思っておらず、彼女が寵愛を与える人間族が支配権を広げることを願っているが、兄である魔王バアルを倒したいとは思っておらず、むしろお兄ちゃん大好きっこな妹である。

 勇者パーティーの魔王城襲撃はサンナにとっても想定外の事態であり、その辺の事情を知っているルキフェルは、女神の息が掛かっている勇者が魔王城を襲撃することはないと断言していたのである。

―――

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