序章 神か悪魔か 魔神の少女アニマ
第1話 魔王城の妖精姫アニマ
小柄な体躯にふわふわな長い銀髪を湛え、真紅のルビーの瞳は人形のように整った顔を一層引き立てて爛々と輝いている。幼い容姿に見合った愛らしさを備えつつも、品性を損なわない落ち着いたデザインを併せ持つゴシックドレスをその身に纏い、一方ではその幼さにそぐわぬ優雅な所作を備えた立ち居振る舞いは、彼女が高貴な家柄を持つことを雄弁にもの語っていた。
魔王城に籠りきりで滅多に人前に姿を現さない彼女には、魔王の隠し子であるとか、魔王城に住み着いた精霊の姫であるだとか、好き勝手な憶測・噂話が囁かれ、その神秘性に惹かれた一部若者の間では、魔王城に住まう妖精姫などと呼ばれて密かに人気を集めていたが、誰も彼女の素性は知らず、しかしてその存在だけは誰もが知っていると言う、いささか奇妙な有名人となっていた。
彼女の名はアニマ。魔王の息子ベリトの許嫁にして、彼女自身も魔王軍序列3位の実力を備えた魔界のプリンセスである。引きこもっていたせいで妙な期待を集めてしまった彼女であるが、当の本人は噂されるほどの神秘性は持ち合わせておらず、年頃の普通の悪魔の少女である。ただし彼女には一つだけ普通とは異なる部分があった。それは個としての世界最強の武力を手に入れると言う、少女らしからぬ夢を持っている事である。
魔王の寵愛を受ける美しき妖精姫。その正体は引きこもって日々修練に励む脳筋令嬢だったのです。
ちなみに魔王城には魔界屈指の精鋭である魔王軍の幹部悪魔達が揃っているため、戦闘訓練の相手や、各分野に精通したトレーナーに事欠かなかったので、修練にもってこいの理想的な環境であった。それが彼女が幻の姫となっていた理由であり、実態としては外出の必要がなかっただけである。
―――魔王城
それは魔王バアルとその親族が住まう居城であり、実力者揃いの魔王軍の中でもさらに選りすぐりの精鋭である最高幹部達が入れ替わりに常駐して防衛に当たる、魔界において最も堅牢な不落の要塞と言える。
そんな魔王城の一画に、魔王軍の参謀役である魔界宰相の地位を持つソフィアの別宅があった。普段は人型に化けているソフィアの本性は黒山羊の頭と下半身を持つ最高位悪魔、邪神バフォメットであり、さらには魔界七大公の1人に数えられる魔界の大貴族である。貴族である彼は広大な領地を持っており、自領には魔王城にも引けを取らない規模の城を構えているのだが、脳筋揃いの魔王軍には頭脳労働に割ける人員が少なく、勤怠管理や人事権の行使、その他各種調整や事務処理を一手に引き受けている彼は多忙を極め、ほとんど自領には帰らずに魔王城に住み込みで働いている状態だった。そしてソフィアには妻と娘がいるが、そんな事情から家族揃って魔王城の別宅に住んでいるのである。
ここで言うソフィアの娘こそが他ならぬ本作主人公アニマである。
先に述べた通りソフィアは魔界七大公と言う魔界屈指の実力者かつ大貴族であるが、その妻アリアもまたソフィアに引けを取らない、それどころかある意味では魔王すら凌駕する魔界の重要人物であった。アリアは創世記以前から存在する
魔界きっての権力者2人の婚姻は意外なことに恋愛結婚であり、実のところ政略的な意図はまったくなかった。しかしながら魔王に次ぐ力を持つ大悪魔の元に、魔王をも凌ぐとされる女神が輿入れしたとなれば、当事者にその気がなくとも魔界の勢力図に大きな影響を与えることは想像に難くないだろう。ところで悪魔ソフィアは魔王バアルと旧知の仲であり、またアリアは魔王の2人の后アナトとアスタロトと親友関係であった。また圧倒的な個戦力によって覇王となった魔王バアルがトップに君臨し、参謀役のソフィアが実権を担うと言う形の現体制は長年にわたり高度に安定しており、魔王バアル陣営並びに新たに勃興したソフィア陣営は、双方共に現状維持を求めており要らぬ政争は避けたいと考えていたのだった。
そんな折にタイミングよく魔王とアナト夫婦の間に、そしてソフィアとアリア夫婦の間にも同時期に子供ができており、しかもそれぞれ男の子と女の子である事が、魔王のもう一人の后アスタロトの予言によってもたらされた。両家は元々親交があったこともあり、これ幸いと産まれてくる子供達の婚約を取り決め、これを以って両陣営に対立の意思がないと魔界全土に周知する事にしたのである。
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