真祖と悪魔の娘アニマ~引きこもり姫のグリモワール編纂日記。神話級の友人達と行く魔法蒐集の旅~

怪獣大熊猫

前日譚 異世界カナンの実情

第0話 聖剣の勇者ブレイズ・フェニックスの冒険

 <創世神イル>によって創造された世界カナン。それは神と悪魔、人間族ヒューマン亜人族デミヒューマン、そして動物や魔物(モンスター)と呼ばれる多くの種族が共存する剣と魔法のファンタジー世界である。カナンは大まかに二つの領域に分かれており、一方は<生命と太陽の女神サンナ>の祝福を受けた人間族の支配領域<人間界>、そしてもう一方は<死と月の女神ルーナ>の祝福を受けた亜人族が棲み処とし、魔王<バアル>が率いる悪魔の軍勢並びに不死者アンデッド達が跋扈する広大な未開領域<魔界>である。


 神に匹敵する力を持つ悪魔との度重なる闘争により、人間族は創世記より幾度となく滅亡の危機に瀕してきたが、太陽の女神サンナの助力もあっていずれの危機も致命的な結果だけは回避されてきた、と言うのが人間族に伝わるカナンの古代史である。現在では世界の陸地の1割足らずが人間界であり、それ以外の領域は海を含めてすべてが魔界となっており、人間族は相当に追い詰められた状態であると言える。しかしながらわずかに残った人間界には、女神サンナによって強力な破邪の結界が施されており、悪魔やアンデッドの侵入を許さない安全圏が形成されている。

 それは人間族の繁栄・発展と言う観点から見れば依然危機的な状況ではあったものの、個々人に目を向ければ生命の危機にさらされる事もなく、慎ましくも平穏な生活を安定的に送ることができており、多くを望まなければ幸福な状態であると言えた。


 得てして安穏な時代は長く続かないものである。度重なる滅亡の危機によって一時は絶滅寸前でさえあった人間族だが、数百年に及ぶ平和な生活を続けるにつれて次第にその数を増やし、ついには狭い人間界だけでは許容できない人口に到達しつつあったのだ。

 長きにわたる安寧により平和ボケした人類の中には、かつては身近であった悪魔の脅威を知る者も少なく、また逼迫する食糧事情や居住地不足、資源不足の背景も後押しして、魔界を開拓して人間界を拡大する必要があるという意見が大勢を占めるに至った。それは人間族に特段の祝福を授けている女神サンナの意向にも合致していたため、女神を奉る教会の全面支援並びに、女神からの信任を得て人間界の各地を支配していた王侯貴族からの支持をも受ける事となり、停滞していた人間界全体を揺るがす大きなうねりへと発展したのだった。

 とは言え、人間族が無策に魔界侵攻を始めれば、かつて凄惨な敗北を喫した悪魔達との大戦の焼き直しになる事が目に見えていたため、女神サンナは人間族にさらなる加護を与える事にした。その一端として、まずは人間界に張った結界と同じ破邪の効果を持った、対悪魔・不死者に強力な威力を発揮する光の聖剣クラウ・ソラスを産み出した。さらには聖剣を駆る者として特別な祝福を与えるに足る、女神の目を以てしても過度と言わしめる善性を備えた一族を選定し、その現当主を人間族全体の希望を担う勇者とした上で、教会を通して広く周知したのである。

 当人の意思とは無関係に、ある日突然魔界攻略の急先鋒として抜擢された青年。その名をブレイズ・フェニックスと言ったが、女神が認めるところの過大な善性は彼に選択の余地を与えず、勇者は人々の期待を胸に聖剣を手に取り、人間界の繁栄を女神に誓って旅立ったのだった。


 勇者ブレイズの旅立ちから十数年の歳月が流れ、ブレイズは信頼できる仲間達を得て魔界の攻略を進めていた。長い旅路の間にはパーティの中核を担っていた回復兼支援役である聖女ソールが、幼馴染であったブレイズとの逢瀬の果てに子を宿し、紆余曲折の末にパーティを離脱するトラブルがあったものの、それ以外では概ね順調に魔界攻略は進んでいた。そしてついには一部領域を支配していた大悪魔の討伐を成し遂げ、人間界の拡充を果たすという大きな功績を挙げたのである。この成果によって勇者パーティ各位は新たな支配領域の領主として爵位を賜ることとなり、勢いづいた彼らはさらなる栄光を求めた。そして彼らが次の目標に掲げたのは、無謀にも魔界の覇者への挑戦、すなわち魔王バアルの打倒だった。これに対して慎重派であったブレイズは、女神の預言を受けた聖女ソールの助言もあって、魔王城の攻略は時期尚早であると意見した。平民出身の勇者パーティーにおいては、女神に選ばれた勇者に大きな発言力があったため、これまでは彼の意見が尊重されてきたのだが、爵位を得た事でパーティメンバー達は増長しており、勇者の一存で方針を転換できる状態ではなくなっていた。そして賛成多数に押し切られる形で魔王城の攻略作戦は実行に移される運びとなったのだった。パーティ内には勇者の求心力に翳りが見えるであるとか、子供ができて守りに入ったのではないか等、リア充爆発しろ的な陰口が飛び交い、権力とは無関係であった時代には考えられなかったことだが、長年背中を預け合ってきた勇者パーティの信頼関係に綻びが生じていたのである。

 勇者ブレイズは直感的な危機察知能力が告げる警鐘と、仲間との不和の折衝と言う二つの問題を抱え、かつて女神から勇者の任を指名され、旅立ちを決意した日を想起していた。彼にとって信頼していた仲間達からの疑心は、ある意味では強大な悪魔に挑む以上の難題であり、勇者として命がけの旅に出る決意をした彼の日に並ぶ、人生最大の選択だったのである。

 ブレイズは嫌な予感と言う名の女神の警告をひしひしと感じながらも、どうせやるならばせめて全力で事に当たろうと開き直り、魔王城攻略作戦のリーダーとなって陣頭指揮を取るのだった。

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