第11話 季節の匂いを書きたい

 季節には匂いがある。子供頃、田舎にいた時の思い出である。


 春はいくつもの植物が芽吹き、ちょこんと顔を出す。ちょっとすると、伸び伸びと背を伸ばして新鮮な青臭い匂いをまき散らす。木々は蕾みをつけて花開く。桜が舞い散る頃には、寒さと暖かさが混じった爽やかさが鼻孔をくすぐる。


 夏は日本特有のむわりとした湿気が訪れる。しかし、早朝に部屋から出ると涼しげなそよ風が吹き、緑葉の香りが漂ってくる。田んぼは青々と穂を揺らし、バッタやカエルが「ちょいとゴメンよ」と通り過ぎていく。お昼を過ぎれば、熱気に蒸された湿気が体中にべっとりと張り付き、草いきれを顔中に浴びる。


 秋は暑さと涼しさの境目で、木の上から毛虫やらイガイガの栗やらが降ってくる。田んぼの稲は項垂れて、ご飯にありつこうと雀が寄ってくる。それを、小学生が授業で作った下手くそな案山子でなんとか誤魔化しておく。稲刈りが始まると、なんとも香ばしい匂いが漂ってきて、涼しげな風と共に寒さの到来を感じさせる。


 冬はすべてが澄んでいるかのような、生を否定する寒さに覆われる。雪がずんぐりと積もり、鼻がツーンとするようななんとも形容しがたい匂いがある。汚いなんて子供には分からず、そこらにぶら下がった氷柱つららを折って食べて登校するのが日課だった。家ではストーブの灯油の匂いがする。ボシュッと火がついたストーブは温かさと共にロウが溶ける匂いがする。古いこたつには黴臭い匂いがある。


 季節には匂いがある。

 私は大学の時に都会へ出たが、キャンパスが山の方だったので、まだそうした匂いが感じられた。社会人になって山を下り、東京に来ると匂いが消えた。代わりに、飲食店の料理や残飯の臭い、自動車や工場の排気ガスの臭い、ショッピングモールの清浄すぎる無臭。そういったものに囲まれて、季節の匂いを忘れた。


 今でこそ東京から離れて、地方の県庁所在地に住んでいるが、季節の匂いはない。

 大学生の頃、山の匂いを嗅いで、これを文章にしたいと思った記憶が、まざまざと残っている。


 まだ、書けるだろうか。

 大学の山の鮮烈な緑葉と風。

 もう一度、アレを感じてみたい……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る