第2話 私の好きな人。①
5時間目の始まる少し前。ようやく友達の輪から抜けて席に戻ってきた梶に、私は遠慮がちに声をかけた。
「梶ー…。」
「ん?何?」
机の横にかけた鞄からノートを取り出す手を止めて、梶が顔を上げた。
「ごめん、ね。」
昼休み中ずっと謝罪の言葉をいろいろ考えていたのに、出てきたのはたったの4文字。なんて情けない。
申し訳なさに梶の顔もまともに見られず、下唇を噛んだ。
「え?何が?」
体勢そのまま、梶はきょとんとして首を傾げる。
「いや、だからその…天使…。」
罪悪感で語尾が萎む。その間も梶は何を思っているのか、じっと黙って私を見ている。今回ばかりは見つめられても恥ずかしさより居た堪れなさが勝ってしまう。お願いだからそんなに見ないでほしい…。
「天使……って、ああ!英語の!」
どんな反応が返ってくるか戦々恐々の私に反して、梶は霧が晴れたかのような笑顔だ。
「ふは、何かと思ったわ!」
「いや…。気にしてないの?」
予想外の反応に動揺しながら、ノートを取り出す梶を目で追う。
気にしてないわけないでしょ。だって。だって。
「天使ー、ちょっとこっちこいよ。」
「誰が天使だ、誰が!」
…天使ってあだ名までついちゃったのに。
梶のグループの内の1人が天使と言い始めると、周りも天使天使と囃し立てる。梶はなんでもないように「うるせーよ!」とツッコんで笑っている。
「あの、本当に…本当にごめん!なんならあれ、私の訳だって言っても…。」
教室の端と端での騒ぎがひと段落するのを見計らって、梶に向かって手を打ち鳴らす勢いで両手を合わせて頭を下げる。
「いーって!佐々木が見せてくんなかったら俺怒られてたし。
あとあれ、俺もエンジェルだと思ってたし!」
「どっちにしろ、俺天使になってたわ!」と梶は豪快に笑い飛ばす。
気を遣ってくれたのかな。…いや、本当に気にしてないんだろうな。
梶はそういう奴。
バカで単純でにぎやかで。
調子が良くて明るくて、友達思いで…優しい。
簡単に人の心を掴んでしまう、そんな人。
意地っ張りで見栄っ張りで、素直じゃなくて可愛くない。
そんな私とは全然違う。
特別顔がかっこいいとか、身長が高いとか。
勉強やスポーツがすごくできるとか。
そんなんじゃないんだけど、普段バカばっかりやってるくせに、ふとした時にさりげなく優しかったり律儀だったりする。
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