第1話 恋してる。②


「しょうがない、貸してくれたらなんか買ってやる。」


「…本当?じゃあ、ホットココアと購買のプリン。」

「は、2個!?1個だろ。」

「この間も貸したもん。2個!」

「……しゃーない、交渉成立だ。」


始業まであと3分、これ以上交渉に割く時間はないと判断したんだろう、彼は頷いて手を差し出した。


「毎度あり。」


その手にノートを載せると、すぐに机に向かって凄い勢いで写し始める。読めるの?って位字が汚い。


(…あーあ、終わっちゃった。)


頬杖をついてノートと睨めっこの彼をさりげなく見つめる。

用が済んだら私のことなんて気にも留めない。


当たり前なんだけどさ、とため息をついた矢先、急に彼がこっちを見た。


「あっ佐々木!」

「ん?」


驚いて反応を示すだけでやっとだった。多分変な顔をしている私をよそに、彼は満面の笑顔をみせる。


「ありがとな!めっちゃ助かった!」


それだけ言って、また作業に戻る。


(…不意打ちだ、ばかやろー…。)


***


騒がしかった教室も、始業とともに静まり返る。今は英語の授業。英文のエピソードの一人一文ずつ訳して答えていく。



「彼はより良い写真を撮るために、どこから撮るのが最良なのか考えた。」


今回のエピソードは、サバンナで野生の動物の写真を撮っているプロカメラマンの話だった。


「ーーOK.next.」


皆がノートにメモを取り合えた頃を見計らって、先生が合図を出した。


次は、彼の番だ。

そう思うと、少し背筋が伸びる気がした。


「そして、最もいい 天使 を見つけたのだ。」


少しの疑いもなく自信たっぷりに、私の英訳をそのまま発言する。

教室内は一瞬静まり返って、大きな笑いに包まれた。


「お前、話よく考えろよ!」

「なんでサバンナに天使が出てくるんだよ〜!」


沸いた教室に状況が掴めていない彼。私は慌てて自分のノートを見返した。


(…あ!)


“angel(天使)”と“angle(角度)”、間違えてる!

そういえば英語の予習は昨日半分寝ながらやったんだっけ。

他は問題なかったのに、よりにもよってここだけ間違えてる。しかもすごくバカな間違いだ。

教室中を包む笑いとからかいの言葉に胸が痛くなる。


ごめん、ごめんね。そう言いたいけど、ここで私の英訳なんですという訳にもいかない。

なんと言っていいか分からず「あ」とか「う」とかしか言えない私の声は笑いの中にかき消されていく。


ふと、彼がこっちを見て笑った。

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