第43話 虚ろ
「ノワちゃん? ノワちゃん!?」
「……」
「オラッ!! ノワラ・クロン!!」
「っっひぇ!?」
「あはははっ! 『ひぇ』だって!? 可愛いなぁ、ノワちゃん!」
ロコちゃんが急に大声で呼ぶからびっくりしてしまった。
「もう……、あんまり驚かさないでよ? 心臓止まっちゃうかと思ったわよ?」
私が文句を言うとロコちゃんは、何度も話しかけてるのに返事がないから、と言った。考え事をしていて上の空になっていたみたいだ。
「どったの、ノワちゃん? 悩み事なら相談のるよ?」
私の頭を支配しているのは、先日のガーネットさんとグレイの話だ。
聖女様が女神ソフィア様の生贄なんてとんでもない話だ。だけど、それを明確に否定できる材料もない。むしろそう考えると、代々の聖女様のお姿を見ないことや、ロコちゃんの言っていた「女神様と普通に話せる」が説明できてしまうのだ。
もしそれが事実なら、女神ソフィア様のご神託によって成り立っているこの国は、聖女様の犠牲によって成り立っていると言い換えられる。
そんなの信じられないし信じたくもない。そして、今目の前にいるロコちゃんにもいずれその運命が待っていると思うと胸が張り裂けそうだ。
私はガーネットさんたちの話を否定する材料がほしかった。一番わかりやすいのはエスメラルダ様やモルガナ様といった、以前の聖女様とお会いすることだ。どうにかしてそれができないかをずっと考えている。
ガーネットさんの仲間になるなんてもちろん言っていない。ただ、代々の聖女様について調べてみるのだけは約束した。なにより私自身がそれについて知りたいからだ。
「ひょっとしてサフィールのこと? ワタシがあいつの好みとか聞いてやろうか?」
「ちっ、違うわよ、もう!」
ロコちゃんはけらけら笑いながら、お部屋のベッドに転がっていた。
大神殿にある聖女様の私室。限られた時間だけど、ここへの出入りを許されるようになっている。ご公務に出る前のちょっとした合間を彼女と話しながら過ごしていた。
「ロコちゃんは聖女に選ばれてからエスメラルダ様に会ったことある?」
「エスメラルダ様? うんと……、任命式のときに顔を合わせたくらいかなぁ。あの人めちゃくちゃ美人だよね! その後継がワタシなんて罰ゲームみたいよね?」
彼女の例えがおもしろくて思わず笑ってしまう。この子と話していると本当に飽きないな。そういえば、「聖女」じゃないときのエスメラルダ様ってどんな人だったんだろう……?
「実はエスメラルダ様も、普段はロコちゃんみたいに粗野な話し方とかしてたりしてね?」
「ワタシみたいに、って……、ノワちゃんなかなかヒドいこと言うなぁ。けど、もしそうならめっちゃ楽しいよね? 絶対仲良くなれんじゃん!?」
「――エスメラルダ様は、ご公務を離れたときも慎ましく、気品高いお方でした。パーラ様も見習いましょう」
サフィール様の声が急に飛んできて私もロコちゃんも扉の方へと顔を向けた。
「オラッ! サフィール!? 乙女の部屋にいきなり入ってくるとはどういう了見だよ!?」
「申し訳ございません。何度もノックしたのですが、返事がないようでしたので無礼を承知で入らせてもらいました」
ノックの音、全然聞こえなかったな。お互いお話に夢中になり過ぎてたみたい。
「ノワラ様、そろそろご公務の時間です。パーラ様はご神託を聞く時間になります」
ロコちゃんは一度ベッドに反り返るように倒れてから、勢いよく起き上がった。
「わーったわーった。ノワちゃん、またあとでね?」
「うん、またね。ロコちゃん」
「エスメラルダ様のような聖女を目指すなら、まずそのお言葉使いから直していきましょう、パーラ様?」
サフィール様は部屋を出る去り際にそう言った。
「うっせえ、とっととノワちゃん連れて行ってこい!」
閉まる扉の隙間にロコちゃんの台詞が挟まるように響いてきた。
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