第42話 生け贄

 仲間? 仲間ってなに?


 ガーネットさんもグレイも「反・聖ソフィア教団」で、私を連れ去った人たちで、ロコちゃんを危険な目に合わせるかもしれない人でしょ?


「あっ、あなたたちのことは教団の人から聞きました! 以前から治安維持隊に追われてるんでしょう!? そんな危ない人たちに協力なんてできません!」


 そうだ。ガーネットさんは普通に話をできる雰囲気だけど、この人たちは危険な人たちなんだ。私がどうこうよりも、ロコちゃんにとって危険な存在なんだ。

 だけど、それがわかっているなら、なんで私は彼女たちのことをルーベン様に伝えずに隠してしまったのだろう? 自分がどうしたいのかよくわからなくなってきた。


「危険なのは教団の方だ。『治安維持』を名目にやつらはボルツを殺した」


「!? 私は捕まったあとに自殺したって聞いたわよ!?」


 グレイは小さいため息をついたあと、話し始めた。


「教団の連中ならそう説明するだろうな? だが、ボルツは殺された。あいつはオレたちを逃がすために自ら囮になって治安維持隊の目を引き……、捕まって殺された」


 なに言ってるかわからない。どっちかが真実でどっちかが嘘なんでしょうけど、ルーベン様が私に嘘を付いてるというの?


「ノワラ様……、私たちは聖女パーラ様と思っていたわけですが、貴女をおいて逃げたあの日、私たちの動向は教団の治安維持隊にバレているようでした」


 ガーネットさんは、私が救い出された日のことを詳しく話してくれた。



 あの日、私をおいていったのは、治安維持隊に彼らの居場所がバレてしまったと情報が入ったからみたい。きっと内通者とかいたりするんだろうな……。


 「ボルツさん」は、私が捕まったときにガーネットさんとグレイともう1人部屋にいた男性の名前だった。彼は「反・聖ソフィア教団」を掲げる組織の中心人物で、治安維持隊も「組織」というより、彼を捕まえることに躍起になっていたようだ。


 ボルツさんはそれを逆手にとって、自分を囮にして組織の人間を逃がす行動に出た。当然、彼自身も逃げ延びて後から合流するつもりでいたのだと思う。だけど、彼は逃げ切ることができなかった。


 反・教団を掲げる人たちにとってボルツさんの存在は非常に大きかったようだ。治安維持隊が彼に執着したのは、彼さえ捕まえられれば、組織は求心力を失い、勝手に消滅すると考えられているから――、とガーネットさんは語った。


「悔しいですが、治安維持隊……、いいえ、聖ソフィア教団の目論見は当たっていました。組織は自壊して散り散りとなり、私とグレイの他にまだ志を持っている者がいるかはもうわからなくなっています」


「ボルツが自ら命を絶つなど考えられない。ただ、敵対する者を容赦なく殺したとなると教団の印象を悪くするからな。をしたのだろう」



 話を聞けば聞くほど、聖ソフィア教団が怪しく思えてくる。けど、落ち着いて、ノワラ・クロン。ここにいる2人は「反・聖ソフィア教団」。教団を悪く言うのは当たり前のこと。それを鵜呑みしてはいけないわ。


「聖ソフィア教団をそんなに悪く言わないで下さい! 私だって教団に入信していますし、両親だって今でも教団で働いているんですよ!」


 ガーネットさんとグレイは少しの間、お互いの顔を見合っていた。そして、ガーネットさんがこちらを向き尋ねてくる。


「失礼を承知で申し上げます。実は数日前からノワラ様の動向を追って接触できる機会を伺っておりました。ですが、その間ご両親のお姿は一度もお見かけしておりませんが?」


「両親は、教団のお仕事で他国へ出ているんです!」


「本当なのか? 親に直近で会ったのはいつの話だ?」


 グレイも話に割って入ってくる。


「もう2年くらい会ってませんけど、お手紙は月に1度の頻度で届いています」


「間違いなく手紙なんだな? 誰かのなりすましとかではなく?」



「いい加減にしなさいよ! 私の両親がどうかしたって言いたいの!?」



 グレイの問い掛けは、とても恐ろしい想像を掻き立てる。突然、家に侵入してきた人たちになんでこんな不快にさせられないといけないの?


「グレイ、やめなさい! ノワラ様、本当に申し訳ございません。今のお話は取り消します。後でグレイを好きなだけ殴ってもらってけっこうです」


「おい、待て? それは困る……、というか死ぬ」


 ――別に殴りはしないわよ、まったくもう。



 私もガーネットさんもグレイも黙り込んでしまった。私はこの人たちの仲間になんてならないし、もう帰ってくれないかな……。



「ノワラ様? 先日グレイが尋ねていましたが、以前に聖女をされていた方とお会いしたことはないのですよね?」


 沈黙を破ったのはガーネットさん。捕まったときにされたのと同じ質問だ。


「はい……、ですが、エスメラルダ様について尋ねてみましたら、教団の裏方のようなお役目をなされていると聞きました」


 私は先日、ルーベン様から聞いた内容をそのまま口にした。これを尋ねたのも代々の聖女様の姿を見ないのはたしかに不自然と思ったからだ。



「ノワラ様は『女神』をどのような存在とお考えですか?」


「それは……、神様ですから、お空の上にいるとか? ごめんなさい、あんまり深く考えたことなくて――」


「いいえ。『女神』について具体的なイメージをもっている人は少ないと思います。ただ、漠然と私たち人間とは違った存在……、例えば目に見えたり、声が聞こえたりといった、普通に認知できる存在ではないと考えていると思うのです」


 ロコちゃんのいつかの言葉が記憶を過ぎる。それと同時に「×」のマークもだ。


「ボルツは、女神ソフィア様を『霊体』と考えていました。そして、聖女はその『依り代』として選ばれているのではないかと……」


 霊体? 依り代? わかるようなわからないような……?


「過去に聖女として選ばれた者がいないのは、女神の器になっているからでは? 聖女の交代はすなわち器の交代……いや、交換というべきかもしれません」


 えっと、つまりどういうこと? 今、ロコちゃんにご神託を下しているのが先代の聖女エスメラルダ様を依り代にした女神ソフィア様、って話であってる?


 それに「交換」って……。



「器になっている聖女は一定の期間が経つと交換しなければならない理由がある……、皆まで言わなくても察しが付くだろう?」


 私は急に背中に悪寒を感じた。思わず後ろを振り返ってしまう。


「今の話はあくまで予想です。ですが、残念なことに代々の聖女様のお姿が見つからない説明がついてしまうのです。もしも、この予想が当たっていたら、『聖女』は女神ソフィアの『生贄』と言い換えられます」


 女神ソフィア様の「生贄」? 生贄ってなによ……?


 ロコちゃんが生贄になっちゃうの?

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