第30話 解放

『ガーネットは見かけによらず腕は確かだ。下手な真似をしたら鮮血の雨が降ると思え?』



 夜、私はベッドに寝かせてもらえた。部屋に入る前にグレイが一言残していった。私の眠るベッドにもたれるようにしてガーネットさんも眠っている。囚われの私の方が待遇いいようで変な気を使ってしまう。


 手足の拘束は変わらずそのままだ。自由のきかないストレスが溢れそうなところまできていた。思わず縄を引きちぎってしまいそうな衝動に駆られる。だけど、抵抗したと思われると、今は襲ってくる気配のないガーネットさんも豹変するかもしれない。


 私って、自分が思っているよりずっと臆病なんだなと心の中で呟いていた。


 ベッドに横たわりながら、カーテンのかかった窓に目を向けた。上の方にあるわずかな隙間から月明かりが漏れている。


 聖ソフィア教団の人たちは私を捜してくれているのかしら?


 ロコちゃんは……、サフィール様はどうしてるかな?



 物思いに耽りながら、徐々に瞼が重たくなっていく。極度の緊張を強いられて身体は限界を迎えていたのかもしれない。体温で暖かくなったベッドに溶けていくような感じがする。


 そうして私はいつの間にか眠りについていた。



◇◇◇



「起きてください、パーラ様」


 私はガーネットさんの声で起こされた。こんな状況でも身体は正直というか、疲労には勝てないというか、ぐっすりと眠っていたようだ。だけど、彼女の声に緊急性が漂っていたので、すぐに意識は覚醒した。


 あれ? 私、目を覚ましたよね?


 目覚めたはずなのに、視界にはなにも映っていない。


「申し訳ありません、目隠しさせてもらいました。できればずっとその状態でいて、なにも見聞きしてないことにしてほしいのですが……、パーラ様のご意思にお任せします」


 なんだか今の生活になってから目隠し多いなあ……、――というか、今のガーネットさんの言葉はどういう意味だろう?



「行くぞ、ガーネット。もたもたするな?」


「女は準備に時間かかるのよ」



 なにも見えないけど、なにか慌ただしい雰囲気を感じる。


「少し心細いかもしれませんが、時機に教団の人間がここに来るかと思いますのでご安心下さい。それでは、ご無礼致しました。聖女様」


 ガーネットさんの声と足音が遠のいて行くのが聞こえる。残されたのは静寂だけだ。


 ――ひょっとして、今、私ここにひとり?


 耳を研ぎ澄ましてみても、話し声や足音はまったく聞こえてこなかった。


「――むんっ!」


 思い切り手足を広げると、私を拘束していた縄はあっけなく引きちぎれた。目隠しを外して周囲を伺ってみる。


 人の気配が完全に消えていた。


 私は、肩をぐるぐると回して、その場で2,3度飛び跳ねた。手足を自由に動かせるのがこれほど気持ちいいとは思わなかった。


 ほんの少し前に聞こえてきたやりとりを思い出す。



『行くぞ、ガーネット。もたもたするな?』


『女は準備に時間かかるのよ』


『――時機に教団の人間がここに来るかと思いますのでご安心下さい』



 察するに、聖ソフィア教団の人たちがこの場所を突き止めたのかな? その情報を掴み、踏み込まれる前に退散した、と考えるのが自然な気がした。


 もしそうなら、聖女である私を人質にする選択肢もあったと思うけど……。


 人を無理やり連れ去るやり方が正しいなんて思わない。だけど、きっと悪い人たちじゃないんだろうな。


 そんなことを考えながら、昨日の夜、月明かりが漏れていた窓のカーテンを開けた。眩しい朝日が目に飛び込んでくる。

 陽は思ってたより高い位置にきている。連れ去られた身だというのに、ずいぶんと熟睡していたんだと少し自分に呆れてしまった。


「なんだか……、いろんな話聞いちゃったなあ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る