第29話 閉鎖国家 

「パーラ様は『魔法』についてどう思われていますか?」


 ガーネットさんからの質問だった。


 聖ソフィア教団の教えには「魔法」について、『触れればその身が穢れ、女神ソフィアのご加護が受けられなくなる』とある。それは人々から「呪い」と呼ばれ、魔法という言葉自体が忌み嫌われるものとなっていた。


「この国で魔法は一種の禁忌とされ、口にすることすら許されないようになっています」


 私が返事に窮しているからか、彼女は続けて話始めた。


「ですが、外の国では魔法によって技術が大きく発展し、夜の街を照らす灯りがあったり、近年ではたくさんの人を一度に運ぶ馬車より速い乗り物の開発を進めていたりするそうです」



 初めて聞く話だ。


 夜の街を照らす灯り……? 月や星よりも強い光が夜の街を照らす光景は想像できなかった。松明たいまつともまた違ったものなのかな?


「そんなものがあるんですか?」


 私はただただその話に興味を惹かれていた。これまで一度も耳にしたことない話だったから。


「この国は他国との交易を規制して、人や物の出入りがほとんどありません。ですが……、これは『表向き』の話です」


 私は絵本を読んでもらっている子どものようにうんうんと頷きながら話を聞いていた。


「表向き……、と言いますと『裏』があるのですか?」


「仰る通りです。規制しているがゆえに、他国でしか手に入らないものは非常に高価なものとなります。この国の裏側では、闇の商人と取引をして他国の品を高額で売買している者もいます」


「本当なんですか? いきなりそんなこと聞かされても信じられません」


 そう答えると、少し離れたところにいたグレイが一冊の厚い表紙の本を持ってきてガーネットさんに手渡した。


「これは『グリモワ』、魔法の仕組みや扱う方法などを記した書物です。他国の商人が持ち込み、聖ソフィア教団の神官が買い取ったものです」


「神官様が!? 教団の教えに反しているじゃないですか!?」



「『聖女』は教団にいいよう飼われているんだな、まるで忠犬だ」



 グレイの嫌味が聞こえてくる。


「グレイ、余計なこと言わない。聖女様は私の話に耳を傾てくれているのよ?」


 彼は私の顔を一瞥して、また少し離れたところに行った。


「国民を守る目的での規制なら話はわかります。ですが、実際は教団の一部の人間だけが他国からの物品・情報を受け取り、独占している。もしくは、高額で流して利益を得ているのです」


「えっと……、その『グリモア』は本物なんですか? 今の話だと簡単に手に入らないんじゃ……」


「詳しく話せませんが――、私の知り合いに教団の深部と繋がっている者がいます。これはその者が所持していました」


 ガーネットさんの言ってることは本当なのかな? 嘘だとして、聖女にこんな話を吹き込んでなにか意味があるのか……? 私にはよくわからない。


「私は魔法について知り、他国へ行ってみたいと思うようになりました。ですが、教団は、一部の任務を除いて国民の出入りを禁じています。これは私たちが生きるうえでの選択の権利を奪っていると思うのです」


 そういえば、私の両親も特別な任務で国の外へ行くような話をしていた。この国では教団から許可が下りなければ、他国へ行くのは許されないのだ。


「普通はこんな閉鎖的な国の運営は成り立たないと思うのです。ですが、それを可能にしているのが『女神様の神託』です。ゆえに、私たちは知りたいのです。女神様とは何者なのか? 神託とはなんなのか?」


 ガーネットさんが騙そうとしているようには思えなかった。私が単純なだけかもしれないけど。

 ただ、代々の聖女様の行方や国の外へ出てはいけない理由とか……、こうして言われるまでは全然疑問に思わなかった。


 他国への出入りを許してしまうと、教団の一部の人が利益を独占できなくなるから?

 仮にそうだとして、それなら聖女様の行方の話はなに? 関係性がよくわからない。


「私たちは手荒なことをするつもりはありません。ただ、今の話を聞いて、もし国の在り方や女神様について少しでも疑問に思われたのなら、聖女様の知っていることを教えてほしいのです」


 ガーネットさんは、嘘偽りがない意思表示かのように私の目をじっと見つめてきた。私が唯一女神様について話せるとしたら、ロコちゃんの言っていたことだけ。



『普通に声が聞こえて話せるんだ。姿は見えないけど』



 この人たちに話してしまっていいのか。


 ううん、ロコちゃんが絶対ダメって言ってたもの。


「ガーネット…さん、たちの話はわかりました。私に考える時間をくれませんか?」


 絶対に話してはいけない、そう言われたのに……。大事な友達のロコちゃんからの頼みなのに、私の心は揺らいでいた。

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