第25話 代々の聖女

「聖女パーラ、お前に聞きたいことがある。手荒な真似をするつもりはない」


 私は息を呑み、正面のグレイの顔を見つめて次の言葉を待った。


「『女神ソフィア』は何者だ? 神託を聞いている聖女ならわかるだろう?」


 はい、ごめんなさい。聖女じゃないのでわかりません……。


 心を中でそう謝りながら、彼の質問の意味を考えた。女神ソフィア様が何者、と言われても「神様」なんじゃないの? それ以外の答えってあるのかしら?

 そういえばロコちゃんが前に、神託は普通に聞こえてきて話せる、と言ってた。話せるってよく考えたら神様とお話してるってことよね?


 奇妙な質問を受けて、逆に私の頭に疑問が湧いてきてしまった。


「女神については口止めされているようだな?」


 私に視線を合わせていたグレイが、見下ろすように立ち上がった。さっき見張りの男が刺された光景が脳裏に過る。怖いけど縄を引きちぎって抵抗したほうが、まだ助かるかもしれない。そう思ったとき……。



「グレイ? 聖女様には手を出さない……、約束したよね?」



 部屋にいた女性の声が聞こえてきた。とても、澄んでいて落ち着いた――、けれど、強い意志を感じる声だった。


「わかっている。女に手を出すほど落ちぶれていない」


 彼はくるりと私に背を向けて離れていった。代わりに今声の聞こえた女性が近寄ってくる。

 茶色の真っ直ぐな髪が腰まで届きそうなほど伸びていた。切れ長の目と長く伸びたまつ毛がとても綺麗で目を奪われた。ただ、初対面のはずなのになぜかどこかで見たことあるような気もする。なんでだろう……?


「はじめまして、聖女パーラ様。私はガーネットと申します。此度の行い、怖い思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません」


 ガーネットさんは立ったまま少し前屈みになって私の顔を覗き込むように話しかけてきた。


「私たちは――、とある目的で行動を共にする同士たちの集まりです。どうしても女神ソフィア様について知りたくて、このような無礼を働きました」


 「とある目的」てなんだろう? あえて伏せているくらいだから聞いても教えてはくれないかな。

 しかし、2人に揃って女神様のことを訊かれても私は話せないというより、知らないから話しようがないのだ。



「女神について話せないなら質問を変えよう。聖女エスメラルダに会ったことはあるか?」



 エスメラルダ様……、ロコちゃんが聖女に選ばれる前に聖女様だった人だ。グレイは急になぜ先代の聖女様の名前なんか出してきたのだろう?


「ぁ……、会ったことありません」


 ずっと話さないでいるのが辛かったので、答えられる質問には答えたくなっていた。大神殿でエスメラルダ様をお見掛けしたことはない。ロコちゃんが会っているかはわからないけど……。


「――聖女モルガナとは?」


 モルガナ様はエスメラルダ様の前の聖女様のはず。


 聖女様は5年から10年の周期で入れ替わっている。ロコちゃんが聖女様になってからはまだ1年経っていない。モルガナ様より前のお方の名前はすぐには出てこなかった。


「モルガナ様とも会ったことありません」


 どうして以前の聖女様のことを聞くのだろう?


「聖女パーラ? お前は疑問に思わないのか? 聖女者たちがその後どうしているのかを?」


 問われるまで気にしたことすらなかった。聖女様に選ばれた方がその任を終えた後はどうしているか……。


「その顔は考えもしなかった、といったところか……。どこまでも教団に従順で盲目な女だ」


 急に吐き捨てるような言い方をされて、私はむっとしてしまった。


「グレイ。そういう物言いは控えなさい」


 ガーネットさんが彼をたしなめている。


「パーラ様、ご無礼をお許しください。私たちは今の教団の在り方に疑問をもっています。特に女神様と聖女様について――、です。それが知りたくて現役の聖女様と直接お話がしたかったのです。やり方が間違っているのは承知の上です」


 ガーネットさんは相変わらず、私に視線を合わせながらそう言った。ずいぶんと手荒な方法でここへと連れて来られたが、彼女は普通に話せる人だと感じた。



「『聖女』なんて、神託が聞ける以外は教団にとって単なるお飾りでしかないのだろう? 女神について以外は聞くだけ無駄かもしれんな」



 グレイ……、この男の言葉には棘がある。けれど、間違ってはいないような気がした。もっともここにいる私はその神託すら聞けない身代わりなんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る