第24話 冷徹
叫び声をあげたいのに口に巻かれた布が邪魔している。声にならない悲鳴、じゃなくて声にできない悲鳴をあげていた。
息が苦しくなる。それに酸っぱいものが込み上げてくる。固く瞑った瞼の隙間から涙が溢れてくる。
多分! 多分だけど、目の前で人が刺された。死んだ。殺された。見間違いじゃない。なにこれ? どうなってるの? 頭おかしくなっちゃうよ?
頭の中が大混乱したけど、次に込み上げてきた感情はとてもシンプルなものだった。
――助けて……。
そう思ったとき、肩に誰かの手が触れた。反射的にびくっと痙攣するように身体が反応した。恐る恐る目を開けると、さっき姿を見せた男が目の前にいて……、私の口に巻かれた布を取ってくれた。
「大きく息を吸え。そして慌てず……、ゆっくりと……、少しずつ吐き出せ。気持ち悪かったら胃の中もここで吐いてしまえ」
男のぶっきらぼうな声は、不思議と安心感があった。私は喉から音がするほど荒い呼吸を何度も繰り返した。そして、ついには堪え切れずにその場で嘔吐してしまった。
涙も鼻水も一緒に流れ出して、その顔はもう人に見せられるものじゃなかったと思う。声をかけてくれた男は、私の背中を優しくさすってくれていた。
呼吸が落ち着くと、男は柔らかい布で顔を拭ってくれた。そして、縛られた腕を掴んだかと思うと、引っ張り上げて私を立ち上がらせた。
「場所を移そう」
男は私の顔を見て、それだけ言った。
「――お前はここを掃除をしておけ? 次に妙な気を起こしたら寝てるやつと同じ目に合わせる」
彼が太った男に対しては、そう言い放ったのが聞こえた。
視界の端に倒れた男の腕と血だまりが映った。私は再び込み上げてくるものを我慢して、それから目を逸らした。
男に手を……、というか肘の内側あたりを引かれて、私はさっきの倉庫から出て明るく広い部屋に連れてこられた。そこには隣りの男とは別に、もう2人ほど人がいて、揃ってこちらを見ている。1人は30歳くらいの男性、もう1人は私より少し年上くらいに見える女性だった。
「グレイ、その血はなんだ? なにがあった?」
部屋にいる男性が言った。その言葉で私は、服も血の飛沫で汚れているのに気が付いた。
「余計なことをしようとしたやつを始末しただけだ。人手が必要とはいえもう少し仲間は選んだ方がいい」
「グレイ」と呼ばれた男は感情のこもらない声でそう答えた。銀色に近い灰色の髪が耳を覆うように伸びている。身長は私よりちょっと高いくらいで、男性にしては小柄な方かと思った。ただ、背中がとても大きく、胸や腕がごつごつとして力強さを感じさせた。歳は――、私と同じくらいなのかな。
グレイに引っ張られて、私は部屋に置かれて椅子に座らされた。よくよく見ると他にも椅子とテーブルがいくつか並んでいる。料理屋とか酒場のように見えるけど、薄っすら埃が積もっていて、最近使われた形跡はなかった。
「聖女パーラ、お前に聞きたいことがある。手荒な真似をするつもりはない」
グレイは私の真正面に立って、視線を合わせるように少しだけ屈んでいた。
私に聞きたいこと?
――とは、いってもここにいる人が話を聞きたいのは「聖女パーラ」であって、私ではない。――かといって、別人だと言ってしまっていいのかもわからない。正直に話しても嘘だと思われるだけのような気もする。
だけど、あんな簡単に剣で人を刺してしまう人を目の前にして抵抗する勇気もない。拘束はその気になったらいつでも解けそうなんだけど……。
どうしよう、どうしよう……。
とりあえず、黙ってグレイというな名の男の話を聞いてみようかしら。幸い、手荒な真似はしないと言ってくれているし……。
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