第20話 事件

「ここに集まった皆様に、女神ソフィア様の祝福があらんことを!」



「「「「「 祝福があらんことを! 」」」」」



 訪問先でいつもの唱和を行った。これをするときは、いつも心の中で「ごめんなさい、私は聖女パーラ様じゃないのよ」と謝っている。


 いつも通り、教団の護衛の人たちに囲まれて神殿の礼拝堂を後にする。中では「聖女様」、「パーラ様」の声が響き渡っていた。

 人だかりは外に出ても続いている。周りからたくさん声をかけられるが、ここにいる人全員を騙しているようで気の毒に思えてきた。


 護衛の方々が人込みをかき分け、サフィール様が先導して開いた道を進んでいく。すると、人込みの中から押し出されるように、1人の男性が倒れ込んできた。


 サフィール様よりも、護衛の方よりも、多分ほんの少しだけ私の方が彼に気付くのが早かったのだろう。


「あの…大丈夫ですか?」


 両手をついて立ち上がろうとしているその男性に、私は手を差し伸べた。彼は顔を上げて、そして私と目が合った。その顔はかすかに笑ったように見えた。



 ――えっ?



 その刹那、なにが起こったのかはわからない。


 ただ、視界が真っ白になって目を開けていられなくなった。


 そして、今度は足元から地面がなくなった。


 誰かに抱えられたのには、ちょっと遅れてから気が付いた。



 ――なにこれ!? ひょっとしてヤバいやつじゃないの!?



 私は大声を上げようとした。だけど、次の瞬間には頭からなにかを被せられていた。

 視界は真っ白から真っ黒に変わった。どっちにしても見えないんだけど……。平衡感覚が狂っていて、今どんな姿勢でどうなっているかわからない。ただ、誰かに担がれて運ばれているのだけはなんとなくわかった。


 叫び声と怒号と罵声と物音とが、全部混ざって耳に飛び込んでくる。


 とにかく無我夢中で見えない自分の手足をめちゃくちゃに動かした。呼吸が苦しかったけど、被り物の下から叫び声も上げた。



「暴れんな!! ぶっ殺すぞっ!?」



 この一言で、私の身体は固まってしまった。


 さっきまで耳に届いていたどの音よりも大きくて、鮮明で、意思をもって、その言葉は伝わった。


 いろんな雑音が徐々に遠のいていくのがわかる。


 かすかにサフィール様の声で「パーラ様」と聞こえたような気がした。

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