第3章 2つの顔

第16話 作戦

「ここに集まった皆様に、女神ソフィア様の祝福があらんことを!」



 大神殿の一室、私は今日何度目かわからないこの台詞を叫んでいた。


「ノワちゃん、サイコーだよ! マジでワタシより聖女様してるじゃんね!?」


「そっ…そうかしら? 正直まだ照れくさいんだけどね?」


 部屋の中には、私とロコちゃん――、そして遠目でサフィール様が見守っている。


「ノワラ様、私も素晴らしいと思います。この短期間でよくそこまでを身に付けられたものです」


「ありがとうございます、サフィール様。皆さまのご指導の賜物です」


 私は「聖女パーラ様」のつもりで、スカートの両裾を指先で軽くつまみ、優雅なお辞儀をして見せた。




 ――先日の総主教様と神官長様とのお話。


 私は、聖女パーラ様の影武者を引き受けるにあたって条件を提示した。


「パーラ様を演じるには練習が必要です。その指導をパーラ様に直接していただくことはできませんか?」


 ナダイヤ様とルーベン様は、お互いの顔を見合わせていた。きっと予想していない返事が返ってきたのだろう。



 私はこう考えた。


 仮にパーラ様の公務の一部を私が入れ替わり、その間ロコちゃんが休めたとする。当然ロコちゃんの負担は減っていく。だけど、これを繰り返しては私とロコちゃんが顔を合わせてお話する機会がないのだ。


 自惚れじゃなく、ロコちゃんはきっとまた私とお話したいと言い出すはずだ。そして、私もロコちゃんともっともっといろんなお話をしたい。だから、ただの影武者じゃなくて、お互い話をできる時間が欲しかった。


 それを簡単に実現して、しかも影武者の完成度を上げる見事な作戦。それが、パーラ様の演技指導をロコちゃんにやってもらおう作戦!

 おまけにロコちゃんと一緒ならきっとサフィール様も一緒にいらっしゃるはず。まさに一石三鳥の完璧な作戦、自分の頭の良さが恐ろしいわ、ノワラ・クロン。


 それにこの国の女性として生まれたなら少なからず、聖女様への憧れはみんなもっていると思う。私だってそうだ。

 影武者であっても、聖女様になれるなんて心躍らないはずがない。


 今の聖女様が私とそっくりな容姿と知った時から、家でひとり聖女様の真似をして遊んだりしていたのだ。これは恥ずかしすぎて誰にも言えないけど……。


 ただ、そのおかげでロコちゃんの指導がなくっても、私は十分「聖女パーラ様」を演じられるのだ。「演技指導」はお話する時間をつくるための口実に過ぎない。


 あと、ここだけの話、教団からの報酬もけっこうな額なんです。運送屋さんとの掛け持ちは大変だけど、いっぱい貯金ができそうな予感。



「話し方だけでなく、立ち振る舞いも見事なものです。これなら民衆の誰もパーラ様が別人と入れ替わっているなど考えもしないでしょう」


「そっ…そうですか。お褒めに預かり光栄です」


 サフィール様に真正面から褒められるとさすがに照れてしまう。ロコちゃんはなんかにやにやしながらこっちを見ている。



「いやはやお見事です。ノワラ様」



 サフィール様が、声のした方を向き、姿勢を正して一礼をした。声の主は総主教ナダイヤ様だった。その隣りには神官長のルーベン様もいる。


「ノワラ様、貴女のお姿を見てもはやパーラ様ではないと疑う者はいないでしょう。早速で恐縮なのですが、本日いくつかの神殿に赴く公務がございます。サフィールを案内役として同行させますので、影武者を務めて頂けますでしょうか?」


 ついに来ました! 私の「聖女パーラ」としてのデビュー戦(?)です!


「はい、承ります! サフィール様もよろしくお願い致しますね!」


「心得ました。私がしっかりとエスコート致しますのでご安心ください」


 サフィール様は私の目を見据えて微笑んでみせた。



「ほっほっほ、2人ともしっかりと頼みますよ」



 ナダイヤ様は左手で髭を撫でながら、右手で杖をついてこの部屋を後にした。


「そしたらワタシは休んでていいわけ?」


「ノワラ様が代わって下さる間、パーラ様はご神託をお願いします。『ご神託の間』まではこの私が案内致しますゆえ」


 神官長ルーベン様はそう言ってロコちゃんに頭を下げた。


「えー! それじゃノワちゃんに代わってもらう意味ないじゃんよ!?」


「たまっているお悩み書きが無くなったら、余暇の時間に充てるように致します」


「わーったよ! ノワちゃん、がんばってね!」


 ロコちゃんはルーベン様に連れられて部屋を出て行った。去り際にまたウインクをして見せた。


「さて……、では私たちも参りましょうか、


「はい! 改めてよろしくお願い致します」


 待っててね、お国の皆さん! が参りますよ!

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