第17話 初めてのご公務

 たくさんの人の目が私に集中しているのがわかる。


 羨望の眼差しを向けられている。


 思っていた以上に緊張する。


 時々顔が緩みそうになるのを抑えて、キリリとした表情を貫く。


 これが「聖女様」なのね。なんて形容したらいいのかしら、この見つめているすべての人から存在を肯定されているような高揚感。自分を「特別」と嫌でも意識させられるこの感覚。

 私の特別なんて有り余る(物理)だけだったのに……。


 ロコちゃんは毎日これを体感していたの?


 私は初めての公務代行……、いや「影武者公務」で、内から溢れ出る興奮を抑えるのに必死だった。



 と言っても、首都サンドラから少し離れた町の神殿をいくつか周り、出迎えた人たちに手を振って応え、礼拝堂で決められた文言を読み上げ、神官の方々のお話に適当な相槌を打っていただけだった。


 おこなったことは本当にただこれだけ……、それでも人の注目を集めるというのは、思ってた以上にずっとずっと疲れるものだった。


 最初に訪れた神殿では、明らかに高揚感が勝っていたけど、4つ目5つ目くらいの訪問から疲労が勝ってくるようになっていた。ロコちゃんが嫌がるのを初日にして理解してしまった気がする。



「大丈夫ですか? 馬車での移動中くらいしかお休みをとれませんからお疲れでしょう?」


 馬車の席で項垂れている私にサフィール様が声をかけてくれた。そろそろ日が傾く時間で、陽光が彼の後ろから射し込んでいる。


「お気遣いありがとうございます、大丈夫です。体力には自信ありますから!」


「今日は初日ですから、必要以上に緊張もおありかと思います。数日したら慣れていくと思いますよ」


「はい。それにしてもパーラ様ってすごいんですね。これを毎日行ってご神託を聞いたりもされているのでしょう?」


 サフィール様は腕組みをして、少し間を空けてから返事をされた。


「たしかにそうですが、パーラ様はその――、要領がいいと申しますか、気の抜き方を心得ていらっしゃいます。ですから、ご公務ではあまりお疲れではないようです。どちらかと言えば、ただただ面倒に思っているだけかと」


 なぜか、ロコちゃんの要領のよさと面倒くさがる姿は容易に想像ができた。


「パーラ様をよくご理解されているんですね。なんだかとてもわかる気がします」


 彼はひとつ小さく息を吐き出した。そのあと、急になにかを思い出したように手を叩いた。


「そうでした、貴女にこれを差し上げます」


 サフィール様は懐から手のひらに収まる小さな箱を取り出した。蓋を開けると中には黒い宝石の付いたネックレスが入っていた。


「私が申し上げるのもおかしいかもしれませんが、貴女とパーラ様が同じ格好をしていますと本当に見分けがつきません。ですから、ご公務の際はこのネックレスを着用して下さい。パーラ様は別の色のをしておりますので、それで見分けがつきます」


 サフィール様からネックレスのプレゼント!


 もちろん個人的ではなく、あくまでご公務のため、とはいえとても嬉しかった。


 黒い宝石に見入っていると、彼は私にそれを付けてくれるような動きをしてみせた。いや、さすがにそれはまだちょっと刺激が強過ぎる……。


「だっ…大丈夫です! 自分で付けれますから! ありがとうございます!」


 私はネックレスをひったくるように彼の手から奪い取った。ちょっともったいないことしたかもしれないと少ししてから後悔するのだが……。


「次の神殿で本日は終わりです。お疲れかと思いますが、最後まで気を引き締めましょう」


「はい! わかりました!」


 私は胸元にある小さな黒い宝石を軽く握ってから、頷いてみせた。

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