第15話 身代わり

「ノワラ様、そうかしこまらずともよいのです。肩の力を抜いて話しましょう?」


 神官長のルーベン様、そうは言うけど、そんな簡単なことじゃない。


 この国は宗教国家で聖ソフィア教団が治めている以上、教団で一番偉い人はこの国で一番偉いのと同義だ。

 そんな人と次に偉い人とを正面に迎えて肩の力を抜ける方がどうかしている。ロコちゃんならお構いなしかもしれないけど。


「まあまあ、まずはお茶菓子でも召し上がって下され。リラックスした方がお話もしやすいでしょう?」


 次に話しかけて下さったのは総主教のナダイヤ様、この人こそ教団の最高位のお方だ。


 私の前には、見たこともない高級そうな焼き菓子が並んでいた。お砂糖とバターの香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。さっきビスケットをもらったばかりなのに。


 ナダイヤ様は60歳を越えていると聞いている。綺麗な白髪と、同じ色の整った髭が特に目立っている。背中は少し丸くなっていて、杖をついて歩くお姿をお見掛けすることがある。表情はとても穏やかで、教団について知らなければ「やさしそうなおじいちゃん」といった雰囲気のお方だ。


 一方、神官長のルーベン様は、茶色の髪を短く整えていらっしゃる。身体がとても大きいお方で、立っているお姿は思わず見上げてしまうほどだ。ナダイヤ様とは相対的に、怖そうというか厳しそうな印象のお顔をされている。


「ほっほっほ、お腹はあまり減っておりませんかな? よければ後で包みますのでお土産にして下され」


「はっ…はい、ありがとうございます」


「パーラ様のお相手をしてお疲れかもしれませんが、我々もあまり時間がありませんゆえ、さっそくですが本題に入らせていただきます」


 ルーベン様は私の返事を待たずにお話を始めた。けど、もうそれでいいわ。どれだけ待っても私の緊張はほぐれそうにないから。


「率直に申し上げます。パーラ様の『影武者』になっていただけないでしょうか?」


 ――ちょっと、マジで身代わりの話じゃないのよ?


 あれ、なんか心の声がロコちゃんみたいになってる?


 一緒に話してたら移っちゃったのかしら?


「かっ…影武者ってあれですよね? 身代わりみたいな――」


「なにも危険を伴うものではありません。パーラ様とお話されたのならご理解いただけると思うのですが、『聖女』とは非常に多忙なのです。それは、ご神託を聞ける唯一の存在だからです」


 聖女様の公務に文句を言っているロコちゃんの姿が目に浮かんだ。


「ですが、聖女の公務にはご神託以外の、姿であれば誰でも可能なものもあります。これらのいくつかを貴女に代わっていただくことはできないでしょうか?」


「私が――、聖女様のフリをしたらいいんですか?」


「ほっほっほ、平たく申し上げるとそういうことです。貴女が代わってくれればその分、パーラ様のご負担は減ります。さすれば神殿を脱走するなんて暴挙もなくなると思うのですよ?」


 たしかにロコちゃんは聖女様の忙しさを嘆いていた。ほんの少しでも私が代わってあげられたら、その分彼女は楽になるのかもしれない。


「当然ですが、我々教団から報酬をお支払い致します。聖女様専用の法衣といった必要なものもすべてこちらで準備致しますゆえ、ご協力願えないでしょうか?」


 私はいくつかの思考を巡らせた後、思い切ってこう答えた。


「わかりました! ですけど、私からも1つお願いしていいですか?」

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