第14話 目隠し

 ロコちゃんと話す時間はあっという間に過ぎていった。威厳のあるパーラ様の雰囲気も好きだけど、子どもみたいに無邪気なロコちゃんを私はとても好きになっていた。

 ちょっぴり心配になる話し方も、聞き慣れてきたらむしろおもしろくて癖になってくる。



 お部屋の扉がノックされ、サフィール様が顔を見せたことで私は今日のこの時間の終わりを悟った。


「パーラ様、申し訳ありませんがこれ以上は後のご神託や公務に支障をきたします」


「わーったよ。ノワちゃんといっぱい話せたから今日は満足した」


 私はソファにロコちゃんを残して立ち上がり、彼女に向かって大きく頭を下げた。


「とても楽しくて貴重なお時間でした。ありがとうございました」


 ロコちゃんは、誰かが見ている時の私の他人行儀を察してくれたようで、こちらに向かってウインクをひとつした。私も表情を崩してそれに応える。


「パーラ様は後程、ご神託の間までご案内します。ノワラ様は帰りの馬車まで同行致しますので、こちらへどうぞ」



 サフィール様に誘導されるがままに私は神殿の中を歩く。


 あれ……、帰りは目隠ししなくていいのかしら?


 そんなふうに考えていたら、彼はロコちゃんがいた部屋とは別の応接セットが並んだ部屋へ私を案内した。


「ノワラ様、実は我々から貴女にご相談がありましてこちらにお連れしました」


 私に相談? まさか力仕事じゃないわよね? それとも、まさかまさか本当にロコちゃんの身代わりさせられたりするの?


 ロコちゃんが座っていたソファより幾分固めのソファに座るよう促されて、私はそこに腰を下ろした。



 一時すると部屋の扉が開き、2人の男性が入ってきた。


 ちょっと待って! この人たちって――。


 眼前に姿を見せたのは、聖ソフィア教団の総主教ナダイヤ様と神官長のルーベン様だった。私の知識が間違っていなければ、教団で一番偉い人とその次に偉い人、のはずだ。


「私はまた後程お迎えに参ります」


 そう言ってサフィール様は頭を下げた後に部屋を出て行ってしまった。


 待って、サフィール様。こんなところに私ひとり置いて行かないでよ……。



◆◆◆



 「ご神託の間」まではいつも目隠しされて、サフィールに手を引かれて案内される。空気が少し冷たいところを通り、階段を下っているからきっと神殿の地下……、それもけっこう下の方にあるんだと思う。


「今日はどんくらいあるのさ? 『お悩み書き』は?」


 ワタシは目隠ししたまま、サフィールに問い掛ける。最初はなんで見ちゃいけないのかと思ったけど、何回も繰り返しているうちにどうでもよくなってきた。「大人の事情」ってのがきっとあるんでしょうってね。


「パーラ様が数日ご神託を拒絶していたために少したまっております……。ですが、遅れは少しずつ取り戻せばいいでしょう。今日は取り急ぎの案件だけをまとめてきました」


「さっすがサフィール! できる男じゃんかよ!」


 サフィールは毎度決まった場所で「足元にお気を付けて」と言う。ここからいつも長い階段を下って行くんだ。そして、周りの空気が徐々に冷たくなっていくのを感じる。


「ねぇねぇ、サフィール? ノワラのことどう思う?」


「ノワラ様……、ですか? どう思う、とは一体?」


 いつも通りの感情の薄い声が返ってくる。この男、察するってものがないのか?


「聞き方から察しなよ、もう! ノワラ絶対サフィールに気があるって! 今日話しててもさ、サフィールの話すると赤くなるんよね!?」


 ワタシがあれこれ話しても、サフィールからの返答はない。虚しくワタシの声だけが反響していた。この目隠しさえなければ表情くらい確認できるのに。実は真っ赤っかになってたりしないかな?


「ノワラは絶対超いい子だよ! ワタシにかこつけて話しかけてみなよ!?」


「私は女神様に、そしてあなたに仕える神官です。他の方への私情は不要と心得ております」


 そう言った後、次の段差で階段が終わると彼は教えてくれた。


「もー……、サフィールってマジでつまんない男ね? ワタシの世話係ならもうちょっと楽しめるような話しをしなさいよ?」


 彼は無言でワタシの目隠しを外す。


 薄暗くて静寂の場所、目の前には施錠された鉄扉、いつ見ても薄気味悪い。


 ご神託の間だ。

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