第13話 少女たちの境遇

「ノワちゃん! 超々会いたかったよ!」


 大神殿の奥は、教団の中でも一部の人間以外立ち入りを禁じられているそうだ。私は目隠しをされ、サフィール様に腕を引かれて中を案内された。

 視界を閉ざされているので、耳を働かせようと思ったけど、心臓の音以外なにも聞こえてこなかった。


 目の前で扉の開く気配がした後、私の目隠しは外された。そして、それが完全にとれる前にロコちゃんの声が飛び込んできた。

 ロコちゃん……、と叫びそうになる自分を抑えて、私はパーラ様に大きく一礼をした。


「オラっ! ノワちゃん以外は部屋出ていけよ! 2人だけで話しさせてくれる約束だろ!?」


 ロコちゃんは私が知っている以上に荒っぽい口調で叫んでいる。


「パーラ様、お話が終われば『ご神託』を聞いて下さい。私たちとの約束ですよ?」


 サフィール様は私と話すとき同様に落ち着いた口調でそう言った。


「わかってんよ! ほらほら、さっさと出て行かないとノワちゃんがお前らぶっ飛ばすぞ!?」


 ――ええっ!? なんでそこ私の名前!?


 すると、サフィール様以外の周りにいた人たちはそそくさと部屋から出て行った。なにこれ、みんな私のこと知ってるの?


 最後にサフィール様が「ごゆっくり」と一言添えて、部屋の扉を静かに閉じた。



 私とロコちゃんは、部屋に誰もいないか確認するように少しの間お互いに黙っていた。静寂の時が流れる。


 そして……。


「ノワちゃーん! マジで超会いたかったよ! ハッピーうれピーじゃんよ!」


「私も会いたかったわ、ロコちゃん! この間は変な別れ方になっちゃったもんね!」


 彼女とは少し前に知り合って……、たった一度しか会っていなくて……、ちょっとしか話していないのに、なぜか旧友との再会のように嬉しかった。

 ロコちゃんの反応を見ると、きっと彼女も同じ想いだったのだろう。やっぱり、見た目がそっくりな私たちはお互いにだけ感じるシンパシーがあるのかもしれない。


「ノワちゃんとまた話したくってさ! ストライキしてやったぜ!」


「ちょっと……、あんまり神官様たちを困らせちゃダメよ? 私ならいつでも会えるしお話もできるから」


 私は彼女の座っている応接ソファの横に腰を下ろして話をした。とてもふかふかのソファだ。身体が勝手に跳ね返ってくるわ。


「ノワちゃんがよくてもワタシがダメなの。『聖女様』て自由な時間が全然ないんだからさぁ」


 17の歳で教団から役割を与えられて、自分の時間をもてないのはなかなか大変だろうな。特にロコちゃんみたいに元気が有り余ってるような子なら尚更だ。


「ノワちゃんてさ、普段はなにして過ごしてんの? 彼氏とかいんの?」


 ロコちゃんは私と会えたのがよほど嬉しいのか、ソファの上をお尻で飛び跳ねていた。本当に忙しない……、やんちゃな子どもみたい。


「私は運送屋さんのお手伝いをしてるの。両親がお国の外へ出て行ってるから、自分で稼がないといけないのよ」


 そう……、私の両親は聖ソフィア教団の僧侶で、私が16の時に教団の依頼で外の国へ出てから戻って来ていない。時々、教団を通じてお手紙とお給金の一部が届いているので無事ではいるようだけど、長らく顔を合わせていない。


「そっかー、ノワちゃんも働いてんだね。――で、彼氏はいんの?」


 ――スルーしたつもりだったのに、案外しつこい。


「付き合ってる人はいないわ。ロコちゃんは聖女様だもんね? いい人見つけたりする余裕ないよね?」


「そーなのよ、ここは教団の中でも位の高い人以外出入りできないみたいでさ。一番歳近いのでサフィール? けど、あいつめっちゃ堅物じゃん? 好みじゃないんよね」


 ロコちゃんにとってサフィール様って、そうでもない人なんだ。なんだかほんの少しだけ安心している自分がいる。


「ロコちゃんのご両親はどうされてるの?」


「あー、ワタシ孤児院育ちで親とかいないだわ」


 ――えっ?


 何も考えずに話してたら、聞いてはいけないことに触れてしまった気がする。次になんて言ったらいいかわからなくて黙り込んでしまった。


「ノワちゃん、気にしないで。生まれた時からずっといないが当たり前で育ってるからさ。全然気になんないよ?」


「そうなの。変なこと訊いちゃってごめんね?」


「もう暗い顔しないでよ! ワタシ生まれた時からずっと孤児院にいてさ。けど、そこは18んなったら仕事見つけて出て行かないといけなかったんだよね」


 ロコちゃんはたしか今17歳ってこの間話していたっけ。


「ワタシ、超めんどくさがりだからさ。仕事探しとかマジ無理なわけ! どうしようかと思ってたらまさか『聖女様』に選ばれちゃってさ、そのときはラッキーって女神様に感謝したわけよ?」


 ロコちゃんは、ソファの前のテーブルにあったビスケットを無造作に2つ取って1つを口に放り込んだ。残った方をこっちに手渡してくれた。

 私も口に入れてみる。甘くておいしい! ロコちゃん毎日こんなお菓子食べてるの!?


「けどさ、感謝したのは最初だけ。聖女って超忙しいし、教団の人も厳しくてさー。絶対もっと楽な仕事あったって思うわけよね?」


「そうねぇ……。だけど、聖女様って国中のみんなの憧れよ? それにたった1人しか選ばれないんだから、とてもすごくて誇らしいことじゃないかしら?」


 ロコちゃんはビスケットが気に入ったのか、また2つ取って1つを口に入れた。もう1つはやっぱり私に手渡してくれる。年齢よりも中身はちょっと幼く見えるけど、とても可愛くていい子に思えた。


「ノワちゃんは、なんてーかしっかりしてるなぁ。顔はそっくりなんだしワタシじゃなくてノワちゃんの方が聖女に相応しい気がすんよ?」


「うふふ、今度女神様に相談してみたらいいんじゃないかしら?」

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