第11話 苦労人サフィール・シアン

「ノワラに会わせてよ! っていうか会わせろよ! あーわーせーろーっ!!」


 大神殿の応接の間、パーラはわめき散らしていた。



「『ノワラ』というと、例の護衛の男を放り投げた?」

「拳で殴り飛ばしたとも聞きましたよ?」

「民家の屋根まで飛び跳ねたとか?」

「いやいや、屋根まで護衛を投げ飛ばしたんじゃないのか?」

「ワシは民家を飛び越したと聞きましたぞ?」



 「ノワラ・クロン」の噂は、尾ひれ背びれが付いて教団内に広がっていた。


 聖女パーラと瓜二つの少女、というだけでそれなりの衝撃があるというのに、人間離れしたエピソードがおまけで付いてくる。さらにパーラは毎日「ノワラ」の名前を連呼する始末。

 ノワラと出会った人間はごくわずかにも関わらず、教団内で彼女の名を知らぬ者はもはやいなくなっていた。



「ノワラと会えないなら公務なんか行かないわよ! 神託なんて知ったことか! てめーらで勝手に女神様とお話しろよな!」



 先日の脱走から、パーラを見張る護衛はさらに増員された。侍女も増え、水浴びやお手洗いも必ず1人は同行している。


 元々な彼女にとって、聖女の務めはストレスが多かった。そこに加えて常に監視の目、せっかく知り合った友達ノワラとも話せないとあって、溜まりに溜まった鬱憤は爆発寸前になっていた。口が悪いのは元々だが、今はそれに拍車がかかっている。



「パーラ様、どうかお気を静めてください」


 神官サフィールは、高級なお菓子を差し入れしたり、公務の途中で眺めの良い場所へ寄り道したりと、あの手この手でなんとかパーラのご機嫌をとろうとしていた。だが、それにも限界を感じていた。


「サフィール! ノワラと会わせないつもりならワタシはここを梃子でも動かないかんな!」


 彼女は応接セットのソファにずっとしがみついている。


「はぁ……、すみませんがそちらの方、教団名簿から『ノワラ・クロン』の名を探してもらえますか?」


 サフィールは近くにいた僧侶にそう命じた。僧侶はかしこまったお辞儀をした後、速足で大神殿の資料室へと向かっていく。


「おお、サフィール! ノワラを連れて来てくれるのか!?」


 パーラの表情は急に明るくなり、碧い目をきらきらと輝かせて、サフィールの顔を覗きこんだ。


「神官長に相談してからです。とりあえず、『ノワラ・クロン』の居場所だけは先に調べておきますが」


「なんならワタシが直談判してやろうか? 今なら神官長様だって怖くないじゃんよ!」


「私がご希望に添えるよう計らいますから、どうかお静かになさってください」


 サフィールはパーラのいる応接の間から出た後に、大きく項垂うなだれて肺がしぼむのではと思うほどのため息をついた。

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