第2章 大神殿にて

第10話 日常の境界

 ロコちゃん……、パーラ様と出会ったのは実は夢だったんじゃないかしら?


 そう疑いなくなるほど、私はいつもと変わらない日々を過ごしていた。



「どうしたノワラちゃん? もう家の前に着いてるよ?」



 馬車の荷台からいつまでも降りない私に、ゴルドーおじさんが声をかけてくれた。


「ご、ごめんなさい! ぼんやりしてたら、うたた寝してたみたい!」


「はっはっは! 今日は荷物が多かったからね。ちょっと疲れちゃったんじゃないかい? お家でよく休みなよ?」


 私は荷台から飛び降りるといつも通りに、走り去るゴルドーおじさんの荷馬車へ向けて手を振った。

 ぽかぽかと気持ちのいい陽気、一息つくと眠ってしまうのも無理ないわね。



 バザールで教団の人と追いかけっこをしたあの日からロコちゃんとは会っていない。大神殿には何度か足を運んでいる。

 彼女に倣って私も頭に黒い頭巾を被って前髪を垂らし、よくよく見ないと「そっくりさん」には見えないようにした。


 神殿には大勢の人がいる。何重にも護衛を伴っている聖女パーラ様に近付くことなんてできない。だけど、遠目にその顔を覗くことはできた。


 威厳に満ちた凛々しい表情、きゅっと結ばれた口元、そこにいるのは聖女パーラ様。けど、紛れもなく私を助けてくれたあの時のロコちゃんの顔でもあった。


 ――助けてくれた……? 元はといえばロコちゃんの脱走に私が巻き込まれたんだけどね。


 聖ソフィア教団の人に私はどう映ったんだろう?


 聖女様とそっくりな顔をした女の子、身代わりとか変なことに利用されたりしないわよね?


 街で教団の人とすれ違うたびに、そんなおかしか考えが頭を過ぎったりもした。だけど、今は何事もなく彼女と出会う前と同じ日々を送っている。



◇◇◇



「控えなさいっ! 無礼者が!」


 家の中で独りでいる時、私はロコちゃんのモノマネをしていた。あのときの彼女は本当にカッコよかった。私を囲んでいた男たちが明らかに気圧されていたのを感じた。その前にお話ししていたときと雰囲気が違い過ぎて、そのギャップにも驚かされた。


「あー、ロコちゃん……。またお話ししてみたいなぁ」


 そんな独り言を言っていると、突然家のドアノッカーが鳴った。さっきのモノマネの件もあってか、必要以上にびっくりしてしまう。



 扉を開けると、そこにいたのは先日ロコちゃんを連れていった若い神官様だった。


「あなたはたしか先日の……?」


「ノワラ・クロン様ですね? 先日は失礼致しました。私は聖ソフィア教団で神官を務めるサフィール・シアンと申します」


 彼の後ろには例によって、護衛と思われる男が2人ほどいた。


「はっ…はい。先日はあの――、ご挨拶もせずにこちらこそすみませんでした。ノワラ・クロンといいます」


 サフィール様が深々と頭を下げるので、こちらまでかしこまってしまう。お堅い雰囲気は慣れていないので、すでに肩肘を張ってしまっている私がいた。


「失礼かと思いましたが、パーラ様から名を伺い教団の名簿から貴女のお住まいを調べさせてもらいました」


「は、はぁ……?」


 私も聖ソフィア教団に入信している、――というより、この国で入信していない人なんているんだろうか。その気になったら、私の住んでるとこを見つけるなんて造作もないのだろう。


「今日は貴女にお願いがあって参りました。パーラ様に会って頂きたいのです」

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