第1章 始まりの約束
第7話 指切り
「ねぇねぇ! ノワラの名前全部教えてよ!」
パーラ様は帰り道をずっとくっついて来た。私が思い浮かべていた聖女様とはイメージがずいぶんとかけ離れているが、この子はどうやら間違いなくあのパーラ様のようだ。
――時間は少しだけ遡る。
「パーラ・シロッコです!」
まるで鏡を見つめているような気分、ただ目の前にいるのはよく似た別人だ。そして、きっと、おそらく、多分……、聖ソフィア教団の聖女パーラ様だ。
「あの……、聖女パーラ様…ですよね?」
彼女がいることで私は確信した。きっとパーラ様が神殿からいなくなって、教団の人たちが捜しているんだわ。それで、よく似た私をパーラ様と勘違いしてしまった……。
「まぁ、なんてーか……一応、『聖女』のパーラでーす」
この話し方……、彼女も私と一緒でよく似た別人かと思うくらい品が無い。神殿でお見掛けしたパーラ様の上品で気品高い姿とは似ても似つかない。
だけど、瓜二つがこの辺りだけで3つ4つなんてことあり得ないと思う。やっぱり、本物のパーラ様なのよね……?
「大丈夫なんですか、こんなところにいて!? 教団の方々が捜しているようでしたよ!?」
「知ってるよ、だって脱走して来たんだもの」
彼女は特に悪びれる様子もなくそう言った。
「だっ…脱走って……、マズいんじゃないですか!?」
「どうだろ? 今回で3回目だからさすがに怒られちゃうかも?」
3回目……、常習犯じゃないですか、パーラ様。
「でねでね! バザールの辺りまで逃げてきたら騒ぎが起こってて、そこでノワラを見かけたわけよ!」
どの辺から見られてたんだろう?
手を振り払おうとして投げ飛ばしたところ?
拳でぶっ飛ばしたところ?
屋根の上まで跳んで逃げたところ?
「ねぇねぇ! ノワラの名前全部教えてよ!」
えぇ……。
なんかこの子すごくマイペースで、私の話あんまり聞いてない気がする。一緒にいて大丈夫なのかな?
「私は……、『ノワラ・クロン』です」
「ノワラ・クロンかー……。えーっと、そうね! 『ノワちゃん』て呼んでいい!?」
出会って数分でいきなりあだ名?
「ああ……、はい。かまいませんけど」
「やっりー! じゃあさ、ノワちゃんもなんかワタシにあだ名付けてよ!?」
パーラ様は、帰り道を行く私の周りをくるくるとまわりながら絶え間なく話しかけてきた。一応、先ほどの白い頭巾を改めて被って……というより、巻いて顔を隠してはいる。私も念のため、前髪を左目の方に垂らしていた。
「そんな……、聖女様にあだ名なんて、ちょっと――」
「遠慮しないで! こんなにそっくりな人と会えるなんてきっとワタシたちなんかの運命に導かれたのよ! それにノワちゃんは、でっかい男を投げるし飛ばすし、屋根の上まで跳んじゃうし! 超かっこいいよね!?」
ぜっ……全部見られてる!? なんで間に入ってくれないのよ!?
とりあえず、なにかあだ名を考えよう。なにか言わないときっと次の話に進めないわ。なんとかして、教団の人に連れて帰ってもらわないと……。
「パーラ…、パーちゃん……。うーんと、シロッコ…シロ、ロコ…ロコちゃん!」
「ロコちゃん?」
パーラ様は、両手の人差し指を自分の顔に向け、少し傾げてオウム返しをした。仕草がちょっと可愛い。
「そう! パーラ様は『ロコちゃん』でどうかしら!?」
「『ロコちゃん』かぁ……、なんかペットっぽい気もするけど……、いっか!」
ちょっと不満なのか……。「シロ」よりはいいと思ったんだけど。
「じゃあさ! じゃあさ! ノワちゃん呼んでみてよ!?」
「えっ…と、ろ…ロコちゃん」
「もっかい! もーっかい!」
人差し指を私の前に突き出して懇願してくる。なんだか、この子いろいろと可愛らしく思えてきた。
「うん。ロコちゃん!」
「いぇい! ノワちゃん! 今日からワタシたち友達だかんね!?」
今度は左手の小指を突き出してきた。
表情豊かで声も大きい、仕草も大袈裟で忙しない。遠目で見たお姿とそのイメージとは全然違ったけど、きっと本物の聖女パーラ様。
「――わかったわ。今から友達よ、ロコちゃん?」
私たちは左手の小指を絡めて、お互いに微笑み合った。
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