第8話 サッカー部エースの評判を落とせ 08

 貼り出された写真には、絶大な効果があった。


 あっという間に人だかりができて、騒ぎになってしまったため先生にすぐ剥がされてしまったが、重要なのは事実が白日の下にさらされたということだ。



 人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、噂は光速もかくやといったスピードで、伝播して伝播して伝播した。



 人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、噂は光速もかくやといったスピードで、全校生徒三千人のうち、写真を見たものも見なかったものも、三千人に浸透した。




 しかもその写真に写ったものは、捏造でも合成でもなんでもなく、事実なのだ。




 あっという間に人だかりができて、騒ぎになってしまったため先生にすぐ剥がされてしまったが、重要なのは事実が白日の下にさらされたということだ。



 貼り出された写真には、絶大な効果があった。




 人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、噂は光速もかくやといったスピードで、全校生徒三千人のうち、写真を見たものも見なかったものも、三千人に浸透した。




 貼り出された写真には、絶大な、絶大な、絶大な効果があった。




 イケセンのまわりからは、あっという間に、人がいなくなる。

 女の子もいなくなり、男の子もいなくなり、エアポケットのようになる。



 付き合っていた恋人にも当然ふられ、彼に集まっていた憧憬のまなざしは、嘲笑めいたものにすり替わる。




 イケセンのまわりからは、あっという間に、人がいなくなる。




 しかも噂は事実なので、物的証拠をなにしろ大勢が見たので、彼は否定ができない。



 いや、イケセンはそれでも噂を収束させようと、なんとか否定を試みたが、無理だった。



 いかにデキる男の彼をもってしても、露見してしまった自分の醜態にしどろもどろにならざるを得ず、その態度が噂にむしろ信憑性を持たせた。

 いかにデキる男の彼をもってしても、露見してしまった醜態にあまりの落差があったため、皆々困惑してしまい、誰もまともに聞く耳を持ってくれなかった。




 だから、イケセンはそれでも噂を収束させようと、なんとか否定を試みたが、無理だった。




 おかしなものである。


 彼はほんの数日前まで、学校のヒエラルキーの頂点にいたのだ。

 彼はほんの数日前まで、頭がよくて、運動神経がよくて、人望もあると、もてはやされていたのだ。


 しかもイケメンであり、サッカー部のエースであり、他の追随を許さないほど優れた、全国的にも、全世界的にも稀有な存在だったのだ。



 彼はほんの数日前まで、学校のヒエラルキーの頂点にいたのだ。



 彼の頭のよさも、運動神経のよさも、人望があることも、イケメンであることも、サッカー部のエースであることも、以前となんら変わらないのだ。



 それなのに、たったひとつの弱点で、すべてがひっくり返ってしまった。




 彼の頭のよさも、運動神経のよさも、人望があることも、イケメンであることも、サッカー部のエースであることも、以前となんら変わらないのに、一枚の写真がすべて変えてしまった。




 彼の頭のよさも、運動神経のよさも、人望があることも、イケメンであることも、サッカー部のエースであることも、以前となんら変わらないのにたったひとつの弱点がすべて変えてしまった。




 おかしなものである。

 人間とは、おかしなものである。


 人間の評価とは、絶対的なものでなく、相対的なものなのである。




 人間とは、まったくもって、おかしなものである。




 ともかくわたしは、イケセンの評判を落とした。

 子兎ちゃんの、相談屋への依頼を、達成した。


 ちょっと思ったよりも、大げさになってしまったきらいはあるが、むしろ僥倖だろう。


 これから子兎ちゃんが、イケセンをピックアップしようというなら、彼の評判は落ちるところまで落ちたほうがいい。



 これから子兎ちゃんが、イケセンをピックアップしようというなら、ほかにライバルがいないほうがいい。




 だから、ちょっと思ったよりも大げさになってしまったきらいはあるが、むしろ僥倖だろう。






 ――後日。


 放課後の相談屋で、わたしは子兎ちゃんと向かい合って座っていた。

 依頼の成功報酬をおさめに来た子兎ちゃんは、なんだか妙にすっきりしていて、一ヶ月前とは別人のような、洗練されていた。



 おりしも一ヶ月前とおなじくらいの時間で、西陽がかたむきはじめていて、窓の外からは野球部のおーえすという声が聞こえていた。



 どうやら今日も、野球部は元気に、全国大会を目指して綱引きをしているようだ。



「あの、これ……」


 子兎ちゃんは言って、ぺらんとした封筒を、そっと机の上に置く。


「はい、頂戴します」


 わたしは言って、子兎ちゃんの置いたぺらんとした封筒を、机の上から受け取る。


 行儀悪く中を覗くと、そこにはすました顔の福沢諭吉がいて、ばちんと目が合う。


 一万円札が、確かに四枚。

 成功報酬の、はした金の、四万円。



 前金の一万円と合わせて、合計五万円。



「……」


 ううう、少ない。

 正直言って、物足りない。


 うううう、少ない。

 正直言って、もっと欲しい。


 この一ヶ月、わたしは苦労した。

 苦労に苦労し、苦労した。


 この一ヶ月、わたしは苦労した。

 苦労に苦労し、苦労して苦労した。



 あのイケセンのやつが、まったく隙を見せなかったので、奥の手を使う羽目になった。



 ましてやじゃがいもどもの排泄音を聞くという、どんな修行僧でもやらない苦行を強いられ、泣くかと思った。




 この一ヶ月、わたしは苦労に苦労し、苦労して苦労して、苦労したのだ。




 だが、今更泣き言は言うまい。

 そもそものわたしの、料金設定が間違っていたのだ。



 イケセンが手強いと最初からわかっていたのに、その手強さを甘く見ていたからいけないのだ。



 今更料金を倍にしてくださいとか、デキる女のプライドにかけて、言えるもんか。



 だいいち、大抵の依頼を最低料金で受けてしまうのは、高校生にとって五万円とは大金だからだ。

 最近の高校生はお金持ちではあるが、では月々のお小遣いがいくらかというと、一万円とか二万円だ。


 アルバイトをやっている生徒たちだって、月々のアルバイト代は三万円とか四万円だ。


 要するに、この五万円という最低料金は、高校生の月々の収入とトントンなのだ。



 だので、今更料金を倍にしてくださいとか、デキる女のプライドにかけて言えないし、そもそも子兎ちゃんが払えるかどうかも怪しいのだ。



 だからここは涙を飲もう。

 はした金の五万円を受け取ろう。


 だからここは涙を飲もう。



 五万円は高校生にとっては大金で、五万円をはした金と言える高校生は、わたしくらいのものだろう。



 そんなことよりも、これからのことだ。

 これから子兎ちゃんは、果たしてどうするのだろうか。



 子兎ちゃんは予定通り、イケセンをピックアップして、幸せになるのだろうか。



 ちょっと思ったよりも大げさになってしまい、イケセンの評判は落ちるところまで落ちて、どん底になった。

 子兎ちゃんにとっては、ライバルがいなくなり、僥倖だと思ったが、どうだろうか。


 ちょっと思ったよりも大げさになってしまい、イケセンの評判は落ちるところまで落ちて、どん底になった。



 これから子兎ちゃんは、果たしてどうするのだ。




 子兎ちゃんにとっては、ライバルがいなくなり、僥倖だと思ったが、彼女は予定通りイケセンをピックアップして、幸せになるのだろうか。




「それで、あなたはどうするの?憧れのセンパイに、想いを告げる準備はできた?」


 子兎ちゃんのイケセンへの想いは筋金入りだ。

 なんと彼女は、中学一年生の頃から、彼のことが好きなのだそうだ。


 ほかのミーハーな女の子たちとは違い、実に三年以上も、四年以上もイケセンを追っかけていて、高校にまでついてきてしまったそうなのだ。



 しかも子兎ちゃんときたら、イケセンのサッカーをしている姿にズキュンとやられたらしいのだ。



 だので子兎ちゃんなら、頭の中にサッカーしか詰まってないイケセンとも、わたしはうまくいくのではと思っている。




 イケセンがたとえサッカーばかりだとしても、子兎ちゃんはそんな彼を見ていれば満足なので、「わたしのことを見てほしい」なんて言わずに、長続きするのではと思っている。




「ああ、それならやめました」




 さらり――と、子兎ちゃんは言った。




「――へ?」


 意外な返答に、わたしは目が点になり、思わず間の抜けた声をあげた。


「だって、あんな趣味の人ですよ?たぶんわたし、付き合いきれません」


 正直ちょっと、嫌な予感はしていた。

 わたしはどうやら、やりすぎたのだ。



 イケセンの評判を、落ちるところまで落とし、落としすぎたのだ。



 わたしはどうやら、やりすぎたのだ。

 ライバルがいなくなって、僥倖だと思ったが、思い違いだった。




 わたしはどうやら、イケセンの評判を、落ちるところまで落とし、落としすぎたのだ。




 彼はほんの数日前まで、学校のヒエラルキーの頂点にいた。

 彼の頭のよさも、運動神経のよさも、人望があることも、イケメンであることも、サッカー部のエースであることも、以前となんら変わらない。



 それなのに、たったひとつの弱点で、すべてがひっくり返ってしまった。



 彼の頭のよさも、運動神経のよさも、人望があることも、イケメンであることも、サッカー部のエースであることも、以前となんら変わらないのに、一枚の写真がすべて変えてしまった。


 彼の頭のよさも、運動神経のよさも、人望があることも、イケメンであることも、サッカー部のエースであることも、以前となんら変わらないのにたったひとつの弱点がすべて変えてしまった。



 わたしはどうやら、イケセンの評判を、落ちるところまで落とし、落としすぎたのだ。




 そしてそれは、子兎ちゃんも例外ではなかったのだ。




「……」


 これは報酬を受け取ってもいいものだろうか。

 いや、確かに依頼は憧れのセンパイの評判を落とすことだったが、これでいいのだろうか。


これは報酬を受け取ってもいいものだろうか。



 唖然とするわたしを尻目に、子兎ちゃんはさっさと帰っていった。



 子兎ちゃんは不満はないようで、むしろ満足したように帰っていったが、わたしは報酬を受け取ってもいいものだろうか。




 この四万円は、前金の一万円は、受け取ってもいいものだろうか。




 子兎ちゃんは不満はないようで、むしろ満足したように帰っていったが、この依頼は本当に成功と言っていいのだろうか。




「でもまあ、そう言われると、わたしもまっぴらごめんだわ」



 一枚の写真を取り出し、目を落とし、わたしはつぶやく。

 男子の個室トイレの写真で、用を足す直前のイケセンが写っている。


 例の写真だ。


 どうせすぐに剥がされるとわかっていたので、噂の拡散具合で再度貼り出そうと、複数枚印刷しておいたのだ。



 写真の中で、イケセンは下着――スポーツマンらしい、ボクサーパンツを下ろしている。



 しかし彼は、ではもう下着を穿いていないかというと、まだ穿いているのだ。


 彼はボクサーパンツの下に、なぜかもう一枚、下着を穿いていたのだ。




 そしてそのもう一枚の下着こそが問題で、彼の唯一の弱点だった。




 それは真っ赤で、股上の浅い、レース入りの女性用下着――いわゆるパンティというやつだ。




 そう、イケセンには女性用下着を身に着けるという、変態趣味があったのだ。


 彼はすました顔で、毎日毎日女性用下着を身に着け、興奮していたのだ。



 そう、イケセンには女性用下着を身に着け、興奮するという、変態趣味があったのだ。




 頭がよく、運動神経がよく、人望があるサッカー部のエースのイケメンは、真っ赤なパンティを穿いた変態だったのだ。




「……」


 これでは確かに、彼の評判も地に落ちる。

 これでは確かに、子兎ちゃんの百年の恋も冷める。



 わたしだって、イケメンと付き合いたいと、イケメンで初めてを卒業したいと思ったことがあるが、ごめんだ。




 わたしだって、イケメンと付き合いたいと、イケメンで初めてを卒業したいと思ったことがあるが、まっぴらごめんだ。




 今回の依頼は複雑だった。


 成功と言っていいか、失敗と言っていいか、わからないくらいだ。



 今回の依頼は複雑だった。




 だけどまあ、恋する少女が変態ヤローに騙されずに済んだと思えば、悪くもないか――。











 とある郊外の、生徒数約3000人を誇る、男女共学の高等学校。

 少子化の捗った令和の現代では、マンモス学校と言っていいその校舎の片隅に、わたしの相談屋はある。



 最低料金で、前金一万円、成功報酬四万円と安くはないが、依頼する価値はあると思うよ。



 だからみんなも、なにか困ったことがあったら、わたしに相談しにおいでよ。




 もっとも噂を頼りに、ちゃんと空き教室にたどり着ける人限定だけど……。



 野球部の「おーえす」が窓の外から聞こえたら、たぶん相談屋は「そこ」で間違いない。

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デキる女は学校で相談屋をひらき荒稼ぎする イツミン⇔イスミン @itsmin0080

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