第7話 サッカー部エースの評判を落とせ 07

 諸君、わたしは犯罪者か?

 わたしは不法行為を行い、近隣住民を脅かし、夜も眠れなくさせる犯罪者か?


 ――違う。


 わたしは犯罪者ではない。


 ……スパイ。


 そう、言うなればスパイだ。

 わたしは犯罪者ではない、スパイだ。



 007とか、ミッション・インポッシブルとか、そんなだ。



 ……いや、そんな上等ではないかもしれない。

 派手な大立ち回りをするつもりはないし、それにもしかしたら、ジョニー・イングリッシュとか、そっちのほうかもしれない。


 ……え?

 ジョニー・イングリッシュを知らない?



 あのMr.ビーンのローワン・アトキンソン主演のスパイコメディを?



 まったく、不勉強な人たちだ。

 今すぐ動画配信サイトで検索するか、絶滅寸前のレンタルビデオ店に駆け込んで借りてきて、履修したまえ。


 ……いや、その必要はまったくなかった。


 べつに本項は英語の授業の余った時間のレクリエーションではないし、気の置けない友人宅のリビングのソファでもないのだ。


 スパイ映画が見たければ勝手に見ればいいし、お供にするのはポップコーンがいいかポテトチップスがいいかなんて、それってどっちもって選択肢は許されるの?


 できればコーラも欲しいけど、ちゃんと用意してくれてる?


 もちろんゼロカロリーじゃないやつだよ?



 ……。



 もとい。



 さあ、事態は最終局面だ。

 まさかここまで苦戦するとは思わなかったが、イケセンに引導を渡そうではないか。


 さあ、事態は最終局面だ。


 諸君、わたしは犯罪者か?

 わたしは不法行為を行い、近隣住民を脅かし、夜も眠れなくさせる犯罪者か?


 ――違う。


 わたしは犯罪者ではない。


 ……スパイ。


 そう、言うなればスパイだ。

 わたしは犯罪者ではない、スパイだ。




 恋愛に憶病になってしまった子兎ちゃんを救う、わたしは正義のスパイだ。




 わたしの次なる作戦は単純明快だ。


 イケセンは人の目のある所では、絶対に足を引っ張る材料になるような、弱点を見せなかった。

 平日日中の学校の生活態度は完璧だったし、放課後のサッカー部でも完璧だったし、週末の過ごしかたさえ完璧だった。


 では彼は、人の目のないところでも完璧なのか?


 学校のトイレの中や、自宅の自分の部屋や、入浴中なんかはどうなんだ?



 では彼は、人の目のないところでも完璧なのか?




 誰も見ていないところでは、さすがのイケセンも油断をこいて、あられもない、とんでもない姿を見せるのではないか?




 ――そう、盗撮と盗聴だ。




 わたしの次なる作戦は、単純明快で、犯罪行為……スパイ活動だ。

 イケセンのトイレの最中や、自室でくつろいでいるところや、入浴中を覗こうというのだ。



 そうすることで、彼の油断した、あられもない、とんでもない弱点を入手しようというのだ。



 誰も見ていないところでの、油断をこいたイケセンの、あられもない、とんでもない姿を盗撮、盗聴しようというのだ。



 手始めにわたしは、学校中にカメラと盗聴器を仕掛ける。

 イケセンの行動パターンはもう把握しているので、彼の行きそうな場所、全部が全部にだ。



 一応教室の彼の席にも仕掛けるし、休み時間にたまり場にしているところにも仕掛けるし、男子トイレにも侵入した。



 体育の授業で使う更衣室や、サッカー部の部室や、シャワー室なんかにもカメラを設置したかったが、普段は施錠してあるのであきらめた。

 もっと追い詰められていたなら、ピッキングしてでも侵入したのだが、リスクを伴うし、たぶん今回は必要ないだろう。



 ただし、カメラはあきらめても、もちろんしっかり盗聴器は仕掛けさせてもらう。



 最近の盗聴器は、電源さえ確保できれば、壁にぴったり貼り付ければ、壁の向こうの音声を拾うことができる。




 優れものだ。




 こんな形で文明の進歩に感謝するなんて、わたしはなんて悪い女子高生なのだろうか。




 さて、あとはイケセンの自宅だ。

 イケセンの自宅には、もちろんわたしは、入ることができない。


 わたしは彼の友達ではないし、友達だったとして、「あんたの家に遊びに行かせてよ」なんてことは言えない。


 もしかしてそれでカメラを設置できたとして、イケセンが自室でくつろいでいるシーンが盗撮され、拡散されれば、真っ先にわたしが疑われる。




 盗撮写真が出回る直前に、突然遊びに来た女友達なんて、犯人でなくていったいなんなんだ。




 もしかしてイケセンが赤点ロイヤルストレートフラッシュのおバカなら、「あいつ盗撮写真が出回る直前に遊びに来たけど、関係ないだろうな」と思ってくれるかもしれないが、あいにく彼は超がつくほど賢いのだ。




 しかしそれでは、わたしは彼の家にカメラはおろか、盗聴器も仕掛けられないのか?


 そんなことはない。

 今はこんなものがあるのだ。




 指向性集音器というものがあるのだ。




 リスクを避け、イケセン宅の敷地内にも入れないため、壁に貼り付ける盗聴器も使えないが、指向性集音器なら別だ。




 これは文字通り、集音器に指向性を持たせたものだ。

 要するに多少離れた場所からでも、あのへんでなにが聞こえてるんだろうなという場所を指定すると、音を拾ってくれるのだ。




 それの小型のを、物陰に隠して、イケセンの自宅の、それも彼の自室に向けて設置した。




 多少精度は落ちるし、電源の確保も難しいが、これは仕方がない。



 さあ、準備は完了した。

 あとはただ、待つだけだ。


 あとはただ、ひたすらに待つだけだ。



 カメラも盗聴器も、「動き」があった時のみ撮影、録音するもので、データは自宅のパソコンに自動転送してくれるので、待つだけだ。



 そして待ったら、たまったデータを確認して、イケセンが映っていないか、イケセンが聞こえていないか確かめるのだ。



 イケセンが映っても聞こえてもなければスルーするし、イケセンが映っても聞こえても他愛もなければやはりスルーだ。



 さあ、これからは忍耐の勝負だ。


 あとはただ、待つだけだ。



 あとはただ、ひたすらに待つだけだ。



 カメラも盗聴器も、「動き」があった時のみ撮影、録音するもので、データは自宅のパソコンに自動転送してくれるので、待つだけだ。

 そして待ったら、たまったデータを確認して、イケセンが映っていないか、イケセンが聞こえていないか確かめるのだ。



 イケセンが映っても聞こえてもなければスルーするし、イケセンが映っても聞こえても他愛もなければやはりスルーだ。



 そして待ったら、たまったデータを確認して、イケセンが映っていないか、イケセンが聞こえていないか確かめるのだ。



 そして繰り返し、繰り返し、繰り返すのだ。



 イケセンが映っているか、聞こえているか、そこに弱点となる要素はあるのか、確かめるのだ。




 そして繰り返し、繰り返し、繰り返すのだ。




 この作戦のなにが大変かというと、イケセンが一人しかいないことにある。

 そしてわが校が、少子化が捗った令和となってはマンモス校ともいえる、生徒数約3000人を数えることにある。


 この大変さ、わかってもらえるだろうか?



 なんと映像でも音声でも、彼を捉える確率は3000分の1なのだ。



 百分率に直すと、実に0.03%ほどだ。




 ……ふざけてんのか。




 こんなもの、もうほぼ空振りである。

 映像データも、音声データも、もうほぼ空振りである。


 だからこそ、わたしは言ったのだ、待つだけだと。


 だからこと、わたしは言ったのだ、ひたすらに待つだけだと。




 そして繰り返し、繰り返し、繰り返すのだと。




 なんだよこれ、宝くじ買ったほうが当たるんじゃねーの?

 わたしこれ、宝くじの当選確率を無駄にしてんじゃねーの?


 これでイケセンの弱点を握ったって、総額五万円の報酬だよ?



 なんだよこれ、宝くじ買ったほうが当たるんじゃねーの?



 わたし宝くじ買ったほうがよかったんじゃねーの?



 ああ、なんで最低料金で依頼を受けてしまったんだ。


 バカなのかわたしは。



 ああ、なんで最低料金で依頼を受けてしまったんだ。



 今度から最低料金を、少なくとも二倍、いや三倍にしようかしら。



 しかもなにが辛いって、わたしはイケセンが立ち寄りそうな、男子トイレにもカメラを仕掛けてしまったことだ。


 しかもなにが辛いって、わたしはイケセンが立ち寄りそうな、男子トイレの個室にもカメラを仕掛けてしまったことだ。



 男子の総数は1500人ほどなので、イケセンを捉える確率は、百分率で0.06%に「跳ね上がる」が、99.94%はどーでもいいその他大勢のじゃがいもどもだ。



 そのじゃがいもどもの排泄の瞬間を確認しないといけない、わたしの身にもなってみろ!



 カメラも盗聴器も、「動き」があった時のみの録画、録音だが、「動き」があってから10分は録画も録音もするのだ。




 個室トイレで誰かが用を足した後で、イケセンが入ってくるかもなんて、確認しないといけない、わたしの身にもなってみろ!




 恨めしい。

 こんな時は文明の進化が恨めしい。


 昔は早回しで映像を見たときは、音声は聞き取れず、ただ「キュルキュル」と聞こえていただけだそうだ。


 だが今や、早回ししていても、音声はくっきりと聞き取れる。

 会話もそうだし、もちろん男子トイレで、大きいほうをひりだしている音もだ。


 だが今や、早回ししていても、音声はくっきりと聞き取れる。



 こんな時は文明の進化が恨めしい。



 なんでデキる女の子のわたしが、早回しとはいえ99.94%の、じゃがいもどもの排泄音を聞かなくてはならないのだ。



 ああ、イケセンが女の子だったらよかったのに。




 イケセンが女の子だったら、大きいほうをひりだすときの、きったねえ音もましだっただろうに。




 ……いや、そんなこともないか。


 女の子だって、直下型地震かと間違うくらいの排泄音を放つ子もいるし、便座に座るときに「よっこらしょ」って言うか。


 つーかさ、女の子になに幻想抱いてんだよって話ない?


 女の子……特に女子高生にさ。



 よく言うじゃん、「女の子は体育の後の更衣室も、いいにおいがするんだろうなー」とかさ。



 んなわけねーじゃん。

 汗くせーよ普通に。


 女の子って男の子より体温高いし、汗もかくし、生理とかだってあんのよ。


 体育の後の更衣室が、いいにおいなんて、んなわけね―じゃん。



 汗くせーよ普通に。



 もしくは柑橘系の制汗剤のにおいが混ざり合って、化学薬品が爆発した後みたいなにおいがする。


 いや、化学薬品爆発させたことないからよくわからんけど。



 もうほんとさ、女子高生を神格化する文化ってなんだろうね。



 おんなじ人間だよ、女子高生だって。




 おしっこもするし大きいほうもするし、おならだって出るし汗はかくし、お風呂で垢すりして「やっべー、めっちゃきたねーの出てきた」とかやってるよ。




 もうほんとさ、女子高生を神格化する文化ってなんだろうね。



 神様みたいな女子高生なんて、わたしのほかにいるはずないのにね。



 はー、しかしこの苦行、いつまで続くのだろう。

 いつまでわたしは、99.94%のじゃがいもどもの排泄音を聞かねばならんのだろう。



 はー、しかしこの苦行、いつまで続くのだろう。




 いつになったらわたしは、0.06%の、イケセンの弱点を見つけることができるのだろう。




 彼は盗撮音声を聞いたところでは、自宅でも品行方正みたいだし、発見率の高いたまり場では、ほぼ狂言回しに徹しているし、本当に弱点なんてあるのだろうか。


 もしかしたら本当の本当に、彼は弱点なんてなくて、本当の完璧超人なんだろうか。



 このわたしでさえ、性格はよくないし、犯罪行為に手を染めているというのに、そんなことがあるのだろうか。




 もしかしたら本当の本当に、彼は弱点なんてなくて、本当の完璧超人なんだろうか。




 しかし、わたしはとうとう見つけた。


 わたしはとうとう、0.03%の確率を潜り抜けた。



 わたしはとうとう、0.06%の確率を潜り抜けた。




 しかし、わたしはとうとう見つけた。




 子兎ちゃんから受けた依頼の、期限の一ヶ月のだいぶぎりぎりになってのことだった。




 それは男子トイレの、99.94%のじゃがいもどもの、排泄音にうんざりしていた時のことだった。


 録画が途絶えて、再開したそこに、イケセンの姿があった。




 そしてわたしが目にしたものは……。




 やった!

 とうとうイケセンの、子兎ちゃんの憧れのセンパイの、弱点を見つけた!


 やった!

 やはり完璧な人間なんて、この世のどこを探しても、一人もいないのだ!



 やはり完璧な人間なんて、このわたしを差し置いて、一人もいないのだ!




 やはり完璧な人間なんて、この世のどこを探しても、一人もいないのだ!




 やった、とうとうやった!


 とうとうイケセンの、子兎ちゃんの憧れのセンパイの、弱点を見つけた!




 超がつくほどセンセーショナルで、このシーンを写真にして校内の目立つところに貼り出せば、イケセンの成層圏を突破した評判は、マリアナ海溝を突き抜けんばかりに暴落するはずだ。




 超がつくほどセンセーショナルで、このシーンを写真にして校内の目立つところに貼り出せば、イケセンの成層圏を突破した評判は、マリアナ海溝を突き抜けんばかりに暴落するはずだ!




 わたしはとうとうイケセンの、子兎ちゃんの憧れのセンパイの、弱点を見つけた!




 この事実さえあれば、女の子はもとより、男の子だってきっと蜘蛛の子を散らすように消え失せるし、子兎ちゃんがイケセンをピックアップできるはずだ!




 この事実さえあれば、女の子はもとより、男の子だってきっと蜘蛛の子を散らすように消え失せるし、子兎ちゃんがイケセンをピックアップできるはずだ!!




 諸君、わたしは犯罪者か?

 違う、わたしは犯罪者ではない。


 そう、言うなればスパイだ。


 わたしは犯罪者ではない、スパイだ。




 恋愛に憶病になってしまった子兎ちゃんを救う、わたしは正義のスパイだ。



 わたしは正義のスパイだ!

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