第5話 サッカー部エースの評判を落とせ 05

 弱みを握るため、わたしはイケセンの追跡調査をすることにした。

 朝から晩まで、二十四時間ぴったりマークして、彼のとんでもない事実を手に入れるのだ。


 ……いや、二十四時間はちょっと言いすぎたかもしんない。


 つーか二十四時間とか、そんな密着してたまるか。

 わたしだって自分の時間は惜しいし、眠る時間もなくなるのでは、最低料金の五万円じゃ絶対に折り合いがつかない。


 少なくとも二倍……いや、三杯は払ってもらわないと、わたしは相談屋を慈善事業でやっていないのだ。



 だからたぶん、密着したとして、せいぜい朝六時から夜七時までの十三時間くらいだ。



 ……充分長すぎる。



 うーむ、やっぱり今からでも、料金を倍にしてもらおうかしら?

 後出しジャンケンでこんなこと言ったら、あのおどおどした子兎ちゃんでも、もしかしたら怒るかしら?



 ……わたしの評判が悪くなっちゃうじゃん。



 イケセンの評判を地に落としたいつってんのに、それじゃ本末転倒だ。


 仕方ない。

 引き受けてしまったものは仕方ない。



 女は度胸だ、薄利でイケセンのあれやこれやを暴いてやろうじゃないか。



 ほくろの数から初恋の人、精通した年齢まで調べつくして、ばらまいて、留飲を下げることでペイしてやる。



 イケセンの評判を地の底海の底の、マリアナ海溝のどん底まで落っことしてやる。



 ほくろの数から初恋の人、精通した年齢まで調べつくして、ばらまいて、留飲を下げることでペイしてやる。




 待っておいてくれ子兎ちゃん、すぐにイケセンはあんたのものだ。




 さあ、学校一のデキる女の、一ヶ月間の探偵家業の開業だ。




 まずはイケセンの、日頃の生活態度を暴いてやる。


 あのさわやかなイケメンは、あの頭がよくて、運動神経抜群で、人望のある彼は、顔の皮一枚引っぺがしたらどんな表情になるのか、楽しみだ。




 まずはイケセンの、日頃の生活態度を暴いてやる。




 彼の朝は早い。


 事前調査で彼は、クラスで一番早く学校に来ているというので、わたしも倣ってみた。

 ところがわたしがどれだけ早く学校に行っても、イケセンはすでに、先んじて登校していた。


 ……言っておくが、そもそも普段のわたしが遅かったとか、そんなことはない。


 むしろわたしだって、学校に行くのは早いほうなはずだ。

 クラスで一番ではないが、だいたい四番から五番くらいで、遅くても十番以内には教室についた。


 だがイケセンはそのレベルではない。


 早起きして早起きして、早起きの時間をどんどん繰り下げて、わたしはやっと彼より早く学校につくことができた。




 その時間、なんと授業の始まる二時間前。




 ……アホなの?


 いや、先生たちだってまだ来てない時間だけど?




 ……アホなの?




 こいつもしかして、夜明けとともに目覚めて、陽暮れとともに眠りにつく、縄文時代みたいな生き方してんのかしら。

 文明の利器たる電灯を、いやもしかしたら火の存在すら知らないで、畑作した大根をそのまま齧って糊口を凌いでんのかしら。


 ……プリンとか食わせたら、味覚の豊富さに驚いてぶっ倒れそうだな。


 それはそれで面白そうだから、今度差し入れしてみようかしら。

 でもイケセンはストイックなサッカー少年だから、プリンはアスリートによくないと、食べてくんないかしら。



 つーか二時間も早く学校に来て、イケセンはいったいなにをしてんのだ。



 ……掃除である。



 いやいや。

 いやいやいや。



 いやいやいやいや。




 二時間早く来てすることが掃除?




 掃除は毎日帰る前に、みんなで決まって十五分、やることになってんでしょうが。

 うちの学校は私立のいいとこだけど、生徒の自主性がうんたらの経費削減のために、毎日教室を綺麗にしてんでしょうが。


 掃除は毎日帰る前に、みんなで決まって十五分、やることになってんでしょうが。



 ――イケセンはそれでは足らんらしい。



 隅の掃除用具入れから箒とちりとりを取り出して、せっせと一時間もかけて、教室中の塵という塵、埃という埃を抹殺した。



 いや、よくもこんなことができるもんだよ。

 毎日毎日、放課後前にクラス全員で掃除してんのに、どうやってどこから塵や埃が出てくんだよ。


 あんたはゴミを錬金術で生み出してんのか?


 あんたは国家錬金術師の、ゴミの錬金術師なのか?



 いや、よくもこんなことができるもんだよ。




 おかげで教室の床は光を放つほどピカピカだし、机は寸分の狂いなく縦横きちんと並んでるし、なんかカーテンがアイロンで糊付けしたみたく折り目がついてるけど、まさかそこまでやってないよね?




 ともかくすげーなこいつ。


 朝からなに見せてくれてんだよ、わたしが怠惰みたいじゃん。

 いや、わたしだって相当大したもんなはずだが、生活態度だって優れてるはずだが、霞まない?



 なにが憎らしいって、この掃除は本来誰も知らないはずだったってこと!



 誰にも知られずに、毎日教室をピカピカにするなんて、なんだよおまえいいやつかよ!




 わたしなんていいことをするときは、なるべく人目につくようにしてんのに!




 わたしなんていいことをするときは、なるべく人目につくようにしてんのに!!




 しかしこんなものは序の口だ。

 彼の朝活はまだ一時間残っているのだ。


 さあ今度はなにをする?



 今度こそ痴態を見せてくれるのか?



 今度こそ恥ずかしいところを見せてくれるのか?




 ピカピカになった教室で、裸になって朝一番の陽光を受ける、謎の健康法でも披露してくれるのか?




 さあ、今度こそ痴態を見せてくれるのか!?




 ……サッカーの朝練だった。


 ジャージに着替えてグラウンドに出て、せっせと走り回って、ボールを蹴飛ばして、たまに小石とか拾っていた。


 うん、まあうん。

 もう想像できたよ、こんなの。


 やるよこれくらい、だってイケセンだもん。



 なんたって頭がよくて、運動神経がよくて、人望もある、サッカー部のエースの、さわやかなイケメンのセンパイだもの。



 なんだよこの光属性。

 闇属性の人間がこいつのそばに寄ったら浄化されて消滅するんじゃないの。


 つーかわたしもよく生きてられるな。


 そりゃバレないように観察もしてるが、闇属性と自称するわたしが彼に近づいて、どうしてぴんぴんしていられるんだろう。




 ――いや誰が闇属性だよ!




 しかし、彼の朝練は静かだ。

 一人きりでボールを追っかけてるのもそうだが、極力音を出さないように気を付けているらしい。


 うーむ、これは弱みにはなるまい。


 サッカーの朝練なら、もしかしたらと思ったが、たぶん無理だ。


 うちの学校は、実は部活動の朝練は禁止である。

 うちの学校は郊外だが、住宅街の近くに存在している。


 ただでさえ生徒数3000人を誇る令和のマンモス学校で、常にざわざわやっているのに、部活動に朝練をされてはご近所さんがたまらない。


 朝六時からとか朝七時からとか、おーえすおーえす、えいおーえいおー大合唱されては、日中のざわざわを許してくれても、仏の顔が三度ももたずに鬼に変わる。



 朝の時間はそれほど貴重で、下手すると朝練どころか、部活動全体が苦情で禁止にされかねない。



 だからうちの学校は、実は部活動の朝練が禁止である。




 そのためナイター設備を整えて、陽が暮れても運動部が練習を継続できるようにしているのだが、そのナイター設備もやはり苦情を抑えるため、午後七までしか使えないというのは、なんともせちがらい。




 その点、イケセンの朝練は静かだ。

 一人きりでボールを追っかけてるのもそうだが、極力音を出さないように気を付けているのだ。


 しかし、彼の朝練は静かだ。

 おーえすもえいおーも聞こえないのでは、誰も苦情は言わないし、それで弱みになるものか。


 イケセンは本当によくできる。

 イケセンは本当によくできている。


 朝っぱらから一人で、汗を輝かせてボールを蹴飛ばすなんて、とてもじゃないが絵になる。



 イケセンは本当によくできる。



 もしかしたら本当に、彼は完璧超人なのかもしれない。

 ほんのたった二時間、わたしは観察しただけだが、強くそう思わせた。



 そりゃストイックでつまらない人間でも、女の子たちが常に群がり、恋人が途切れないはずだ。




 しかも彼は運動後のケアも完璧で、汗臭いままでは授業に出ず、シャワーで身体を清めてから教室に上がる徹底ぶりだ。




 さすがにシャワー室はのぞけなかったが、イケメンの身体を滑り落ちる水滴は、さぞ美しく、甘露だったに違いない。




 イケセンは本当によくできる。

 イケセンは本当によくできている。



 ほんのたった二時間、わたしは観察しただけだが、強くそう思わせた。




 そりゃストイックでつまらない人間でも、女の子たちが常に群がり、恋人が途切れないはずだ。




 そりゃストイックでつまらない人間でも、女の子たちが常に群がり、恋人が途切れないはずだ。




 弱みを握るため、わたしはイケセンの追跡調査をすることにした。


 朝から晩まで、二十四時間ぴったりマークして、彼のとんでもない事実を手に入れるのだ。




 弱みを握るため、わたしはイケセンの追跡調査をすることにした。




 その後も彼の快進撃は続き、授業態度から休み時間の振る舞いかた、学級委員長の仕事ぶりまで、つけいる隙がなかった。


 一ヶ月の追跡調査でわたしは、彼の短所を暴くどころか、長所で一冊本が書けそうだ。



 その後も彼の快進撃は続き、授業態度から休み時間のふるまいかた、学級委員長の仕事ぶりまで、つけいる隙がなかった。



 その後も彼の快進撃は続き、朝活や日中の立ち居振る舞いでは、短所を暴くどころか、輝きが増していくいっぽうだった。




 わたしの中で彼の評判は、マリアナ海溝のどん底に落ちるどころか、富士山を越えてエベレスト級にまで高くなっていき……。




 ええい、なにを馬鹿なことを!

 このまま潔く負けを認めるわたしではないぞ!


 ただでさえ薄利で仕事を受けてしまったんだ、せめて成功報酬の四万円は受け取らねば、死んでも死にきれるか!



 このまま潔く負けを認めるわたしではないぞ!




 待っておれイケセンよ、わたしは絶対におまえの、触れられたくない場所に、冷たい素手で触って驚かせてやる!!

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