第4話 サッカー部エースの評判を落とせ 04

 子兎ちゃんの憧れのセンパイを、わたしはイケセンと呼ぶことにした。


 イケメンのセンパイ――略してイケセンだ。



 悔しいが彼を初めて見たとき、このわたしをもってして「やっべーすっげーかっこいいやつがいる」と思わせたので、これほどふさわしいあだ名もないだろう。




 マジで彼は、そこらのアイドルが束で裸足で逃げ出すほどの顔立ちで、もしイケメンの世界一を決めるイケメンオリンピックがあったなら、すくなくとも日本代表は内定するはずだ。




 さて、それでどうやって、イケセンの評判を落としてやろう。


 わかっているのは、絶対に一筋縄ではいかないという、それだけだ。


 頭がよくて、運動神経がよくて、性格もいいイケメンなんて、それだけで実在が危ぶまれるレベルのブランド男だ。

 その上彼はサッカー部のエースという、もうひとつの希少価値の高いブランド力を有しているのだ。



 あまつさえ耳聡いわたしにさえひとつの悪口も聞こえてこないという、なんだよあいつ、完璧超人かよ。



 もうツチノコレベルじゃん、ツチノコ。

 ツチノコレベルのブランド男だよイケセンは。


 すんません、わたしツチノコ発見したんですけど、懸賞金一億円ってまだいただけるんでしたっけ?


 どこの自治体がツチノコに懸賞金懸けてんだったか……。


 長野県?岐阜県?

 ……忘れたし、どーでもいいか。


 ツチノコレベルの希少価値があるかもしれないが、イケセンはツチノコじゃないから、どうせ懸賞金もらえないし。


 そんなことより、子兎ちゃんの依頼だ。

 どうやってイケセンの評判を落とすかだ。




 わたしが考える一番簡単な方法は、根も葉もない、でたらめな悪評をばらまくことだ。




 それこそ例えば、路地裏で立ちションをしていた――とかでもいい。


 もしくはもっとひどくて、彼がサッカー部でずっとエースでいられるのは、不良に金を握らせて、有望な後輩をつぶしているから――とかでもいい。



 もちろん噂は一つだけでなく、二つでもいいし、三つでもいい。



 わたしの情報網をもってすれば、どんな噂だって一日二日で学校中に拡散し、イケセンの評判は地に落ちるだろう。




 そして女の子たちは離れていき、身に覚えのない噂話にわけもわからず意気消沈する彼を子兎ちゃんがピックアップし、めでたしめでたしとなる。




 だがわたしは、この方法は、あんまりやりたくない。


 対象がどこにも付け入る隙がなかった場合の、最後の手段だとさえ思っている。



 理由は、あまりに簡単すぎるから――ではない。



 噂話は簡単にでっち上げられるし、わたしなら即日広められるし、デキる女がこんな簡単な方法で依頼解決なんてみっともないとか、ちょっとは思うけどそうではない。




 根も葉もない噂話は、それが嘘だと暴かれる可能性があるからだ。




 路地裏で立ちションだって、不良に頼んで後輩をつぶしただって、はたまた実は三億円事件の犯人でしただなんて、イケセンの近しい存在には簡単にでたらめだと見抜ける。


 あとは人の不幸が大好きなゴシップに群がる連中と、彼の潔白を信じる連中と、正面からぶつかり合う大戦争だ。


 こういうとき、大抵はゴシップ好きが押し切って、噂を真実にしてしまう。

 しかし、対象を信じる勢力のメンタルが強固だったり、数が多かったりすると、ひっくり返ることがある。




 イケセンはそして、たぶんひっくり返すことのできるサイドの人間だろう。




 なにせ頭がよくて、運動神経がよくて、人望のあるイケメンだ。


 その上サッカー部のエースという、ツチノコレベルの希少性を持ったブランド男だ。



 そんなの、アホみたいな人数が男女問わず、いや多分女の子ばかりだろうけど、群がっているはずだ。



 下手するとゴシップ勢と比べて、半々どころか、イケセンの味方のほうが多いくらいではなかろうか。



 これでは作戦は台無しだ。


 路地裏で立ちションだって、不良に頼んで後輩をつぶしただって、はたまた実は三億円事件の犯人でしただなんて、噂話が広がっても、きっとすぐに収束してしまう。

 よしんば上手くいって、子兎ちゃんとイケセンがカップル成立したとして、彼や彼女の卒業まで逃げ切れるかというと、たぶん怪しい。



 しかもこの作戦は失敗したが最後、イケセンがただ元の状態に戻るだけかというと、それは違う。



 ただでさえ完璧超人だった彼に、嘘の噂で貶められた被害者でしたという、いかにも憐憫の情を誘いそうなファクターまで追加される。




 その場合、彼はもう、ツチノコですらなくなる。




 ツチノコ以上――蛇っぽいなにか……シェンロンだ。




 ドラゴンボールを七つ集めたら、なんでも願いをかなえてくれるという……嘘だろうちの学校にシェンロンがいたのかよ。


 シェンロン様、わたしの願いをかなえてください。

 一億円が欲しいので、ツチノコを一匹、わたしのもとに遣わせてください。



 もしくは単純に札束の入ったアタッシェケースでも構いません。



 ……。



 まあそういうわけで、イケセンは超進化して、これまで以上の女の子が群がることになるのだ。


 そうなっては、地味でおどおどした子兎ちゃんには、二度と順番が回ってくることはないはずだ。



 だから根も葉もない噂話をばらまくというのは、わたしはやりたくはない。



 子兎ちゃんの相談は、イケセンの評判を落として欲しいというだけなので、それでも依頼はクリアできるかもしれないが、なにしろわたしはデキる女だ。




 その場しのぎなんてまっぴらごめんだし、最終的に子兎ちゃんが幸せにならなければ、わたしの沽券に関わるではないか。




 ――というわけで、イケセンの評判を落とすには、彼の弱みを握るしかあるまい。

 でたらめな噂話なら見抜かれて終わってしまうが、じゃあその噂話が事実ならどうなるのだ。


 人間誰しも、後ろ暗い部分はあるものだ。


 イケセン以上の完璧超人のわたしだって、性格は実はあんましよくないし、秘密裏に相談屋なんてやって、学校中から大金をまきあげている。

 相談屋の依頼を解決する過程では、ちょっと日本の常識が窮屈になる事もあったりして、つまり違法行為にだって手を染めている。


 ……そんなにやばい法律違反じゃないけど。


 つまりイケセンにも、わたし並かそれ以上の、ヤバい事実があるはずなのだ。


 人間誰しも、後ろ暗い部分はあるのだ。



 でたらめな噂話なら見抜かれて終わってしまうが、じゃあその噂話が事実ならどうなるのだ。



 路地裏で立ちションだって、不良に頼んで後輩をつぶしただって、はたまた実は三億円事件の犯人でしただなんて、本当のことだったら誰が庇い立てできるのだ。



 でたらめな噂話なら見抜かれて終わってしまうが、じゃあその噂話が事実ならどうなるのだ。



 そう、イケセンのヤバい事実を入手して、そいつを噂話としてばらまけば、誰も庇い立てできずに、彼は孤立無援、評判は地に落ちるのだ。




 路地裏で立ちションだって、不良に頼んで後輩をつぶしただって、那須川天心のサインを捏造して売りさばいただって、ガンプラを転売ヤーから買ってただって、はたまた実は三億円事件の犯人でしただなんて、子兎ちゃんがパクっといただいておしまいだ。




 そう、でたらめな噂話ではなく、事実の噂話をばらまいてやればいいのだ。




 さて、イケセンはどんなヤバい事実を抱えているだろう。


 この耳聡いわたしにも、彼の悪口は聞こえてこないが、一つくらいはとんでもないものがあるはずだ。



 さて、イケセンはどんなやばい事実を抱えているだろう。



 このわたしだって、ちょっとの違法行為をいくつか犯しているのだから、まさかなにひとつ出てこないなんて、そんなことはないはずだ。




 さて、イケセンはどんなやばい事実を抱えているだろう。




 ちょっとやそっとでは、わたしはちっとも驚かないが――。



 そのわたしがひっくり返るような、飛び切りすごいやつをお願いします。

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