第2話 サッカー部エースの評判を落とせ 02

 とある郊外の、生徒数約3000人を誇る、男女共学の高等学校。

 少子化の捗った令和の現代では、マンモス学校と言っていいその校舎の片隅に、わたしの相談屋はある。


 ……マンモス学校って、古い表現かしら?


 正確には過大規模校とか言うらしいけど、そっちよりはまだ親しみがあるから、マンモス学校でいいか。



 ――まあともかく、わたしは相談屋として無断借用した教室で、机の一つで頬杖をついて、西陽が傾くのを眺めている。



 今日はとてもいい天気だ。

 大きな雲が空に浮かんでいて、風に流れるのを窓から見送っていると、なんとも雄大な気分になれた。


 わたしもあんな、大きな雲になりたいと、たまになんとなく思う。


 風に流されて、どこへともなく流れて、きっと気持ちがいいだろう。

 ましてや青空がだんだん赤く染まっていくのを、上空から見ることが出来るなんて、人間には到底できないことで、きっと感動するだろう。


 ……ヘリコプターに乗ればよくない?


 雲にならなくたって、そういう遊覧ヘリって、確か結構あったと思う。

 わたしは幸いお金もあるし、札束でパイロットの頬っぺたでもひっぱたけば、いくらでも青空が赤く染まっていく様子なんて見られるじゃんか。


「……」


 賢いわたしの悪いところが出てしまった。

 雲になるとかならないとか、ロマンが物を言うところなのに、すぐに現実的な解決方法を見出してしまうのだ。


 こういうのを、つまらない女というのだろう。

 わたしはデキる女なだけでなく、見た目もいいのだが、男が出来ないのはこういうところが悪いのだろう。


 ――もちろんわたしが高嶺の花すぎるというのもある。


 わたしに男が出来ないのは、理由の八割が高嶺の花すぎることで、ロマンがないのが残りの二割だろう。


「はあ……」


 思わずため息一つ。


 まったく、どこぞのイケメンの弱みでも握って、しばらく囲ってやろうかしら。



 そろそろ初めてを卒業したいし、イケメンにまたがって処女を散らして、さらにその男を捨ててやったら、女として箔がつくのではなかろうか。



 ……いやいや、そんな処女の散らし方はよろしくない。


 わたしは表向き、品行方正な優等生だ。

 てきとうに男を捕まえて、ヤったと思ったら捨てるなんて、ビッチ女のすることだ。



 簡単に今の評判を捨て去って、あいつヤリマンなんだぜ――なんて、デキる女のわたしのやることではないはずだ。



「……それにしても」


 客が来ない――。


 一人きりの空き教室で、窓の外からの、野球部の練習している声が響く。


 おーえす、おーえす。

 なんだおーえすって。

 それ綱引きの合図じゃないのか。


 てめーら甲子園じゃなくて、綱引きの全国大会でも目指してんのか。


 つーか元気だな野球部。

 こないだなぜか不祥事が発覚して、エースが退部になったばかりだっていうのに。


「――」


 実は相談屋は、ひっきりなしに客が来るかというと、そうではなかったりする。

 だいたい、他人の足を引っ張るための相談屋なんて、おおっぴらにしているわけがない。


 こっそりとやっていて、口コミだけで客は来るのだ。


 そしてその口コミだって、後ろめたいことを相談した依頼者が簡単に口を割るわけがなく、細々としているのだ。



 つまり、校舎の隅っこのこの空き教室に、依頼者が人気ラーメン店みたいに列を作るとか、そんなことはないのだ。



 まあそれでも、相談者が一人も来ない日のほうが珍しいのだが、たまにはこんな、閑古鳥の鳴く日もある。


 二日連続で閑古鳥の鳴く日もあるし、三日連続で閑古鳥の鳴く日もある。



 ちなみに今日誰も相談者が来なければ、四日連続閑古鳥が鳴くことになり、新記録となるのだが、別にギネスブックに載るつもりはない。



 ちなみに土・日は休業なので、営業日計算である。



「――帰るか」


 時計をちらとみて、呟いた。

 もうそろそろ午後五時で、用のない生徒は帰るようにと、見回りの先生がせっつきに来る頃だ。


 秘密裏にやっている相談屋なので、なるだけ先生に見られるわけにはいかないので、だいたいいつもこのあたりが引き際だ。


 先生たちにも顧客はいるし、今日の見回りの先生は確か大丈夫だったはずだが、そこはそれ、暗黙の了解というやつだ。



 顧客だとして、先生はわたしの商売を知らないことになっているので、「こらこら早く帰りなさい」くらいは言うし、わたしも「すいません、ちょっと考え事をしていて遅くなりました」と言って帰らなくてはならないのだ。



「――」


 がたたん――なんて音を鳴らし、椅子を引く。

 隣の机に置いてあった、学校指定の愛想のないバッグをひったくり、立ち上がる。



 するとその時。




「あの、相談屋って、ここであってますか……?」




 遠慮がちに空き教室の扉が開き、おずおずと、小柄な女の子があらわれた。

 今どき珍しいおかっぱ頭で、伏し目がちの、ちょっと猫背の、かわいらしい女の子だ。



 なんとなく、わたしは兎みたいだなと思って、頭の中で彼女に、子兎ちゃんとあだ名をつけた。



「ええ、ここであってますよ。どうぞこちらに」


 ふてくされて返ろうとしていた様子など微塵もなく、にっこりと微笑んで、わたしは言う。


「……」


 子兎ちゃんは入ってきたドアを閉め、おっかなびっくり歩いてきて、わたしのいる前の席から椅子を拝借し、逆向きにして座る。




「それで、あなたのご相談は?」




 どうやらギリギリセーフで、四日連続での閑古鳥は鳴かなくて済みそうだ。


 ギネスブックに載りそびれたのは残念だが、ネガティブな記録で載るのもちょっとあれだし、まあいいや。



 どうやらギリギリセーフで、四日連続での閑古鳥は鳴かなくて済みそうだ。




 ギネスブックに載りそびれたのは残念だが、そもそももともと載るつもりもさらさらなかったので、まあいいや。






 とある郊外の、生徒数約3000人を誇る、男女共学の高等学校。


 少子化の捗った令和の現代では、マンモス学校と言っていいその校舎の片隅に、わたしの相談屋はある。




 そんで今度はいったい、誰の足を引っ張って、海の底まで連れてってやればいいのかしらん――?

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